北欧ウイスキーの新たな潮流
北欧のウイスキーが熱い。今、デンマークやスウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどのスカンジナビア諸国、そしてアイスランドを加えた北欧5か国でのシングルモルトウイスキーの新たな蒸留所から本格的なウイスキーがリリースされ始めている。彼らの造るウイスキーはシングルモルトの本家であるスコッチウイスキーの伝統にリスペクトを払いつつも、それを自分らなりに解釈して、自らの住む土地のテロワールであったり、既存の作り方に縛られないイノベーティブなアイデアを元に作り出すウイスキーに特徴がある。まずは地元での愛好家を中心に国内での販売が中心ではあったが、ここにきてヨーロッパやアメリカさらには日本を含むアジアに販路を拡大し、ウイスキー業界に新たな風を起こそうとしている。 スコッチウイスキーの蒸留所造りにとりかかる彼らのアプローチは非常に興味深い。このホームページの中でも取り上げている二つの蒸留所を例にとりあげて紹介したい。まずはデンマークのスタウニング蒸留所。創業者は「ウイスキー業界とは縁もゆかりもなかった9人の愛好家たち」。また、スウェーデンのマックミラ蒸留所の場合は、「大学の同窓生」、こちらもウイスキー好きのグループの集まりというだけで、業界経験者と言う訳ではなかった。スコッチの本場でもウイスキー好きが高じて蒸留所造りを始めたというポート・オブ・リース蒸留所のような事例もあるが、まったくのド素人がウイスキーの蒸留所を一から始めて運営することが難しいのは想像に難くない。まずは既存のスコッチだけでも何百と言う蒸留所が存在するのに加えて、新興勢にとっての試練は「資金」。蒸留所を作るためのお金だけでなく、スコッチであれば最低3年は熟成期間が必要となり、生産を開始してもすぐには商品化できない(しかも、熟成を経て生まれる味がどのようなものになるかは神のみぞ知る!である)。余市や宮城狭で知られるニッカウヰスキーも名前の由来は「大日本果汁株式会社」というように設立当初はリンゴジュースを作っていた。現在でも新興蒸留所の多くはジンなどのスピリッツから販売を始めて少しでもキャッシュを作ろうという試みも見られる。資金面の問題をクリアしても、実際に作ったウイスキーが商売になるのかは未知の世界。長年の伝統と豊富な経験、更には大型資本による規模の拡大により益々競争が激しいウイスキー業界で新興勢が生き残っていくのは至難の業。新たなウイスキー造りを開始するに当たっては、ある程度の「経験」や「ノウハウ」を会得したベテランなどが創業チームに加わることも多い。その中で、スタウニング蒸留所やマックミラ蒸留所の創業メンバーに共通した勝算は北欧の「自然」であり固有の「テロワール」であった。 “その時に自然と、「なぜスウェーデンにはウイスキーを造る蒸留所が無いのか?」という疑問が起こった。確かに、その通りであった。自然豊かなスウェーデンには良質の水源もあるし、大麦もある、樽づくりに欠かせないオークの木もあるのだ。” ウイスキー造りに必要な材料は三つだけ。穀物(大麦)、水、酵母。穀物に関しては本場のスコットランドでも実はフランスなどの穀倉地から輸入することも多く、酵母に関してもウイスキー熟成に最適化したウイスキー酵母が用いられることが一般的で天然酵母などが用いられることもあるが生産効率などを考えると大量生産には向かないため、一部のクラフトウイスキーや少量生産のバッヂ向けを除いては主流ではない。こうして考えると、残るは「水」ということであるが、自然豊かな北欧の地において良質の水が得られることは疑いようのないことである。すなわち、ウイスキー生産に必要な要素は既に全て揃っているワケで、「なぜ北欧の地にウイスキーを造る蒸留所が無いのか?」という疑問に至るのは当然であった。彼らのその問いに答えることを目標として、まずはスコッチウイスキーの作り方を現地見学やテキストなどから学び、その上で「北欧らしさ」を加えて新たな付加価値を付けた商品提案をしている。 「北欧らしさ」というのは単に大麦などの穀物を現地調達することにとどまらない。その生産工程においても北欧らしいイノベーティブなアイディアに満ちている。スコッチの伝統とローカルな要素をブレンドした取り組みとしては、特に原料のモルティング・プロセスが面白い。発芽した麦芽を乾燥させるときに加熱をするのだが、アイラなどのスコッチでは、ピート(泥炭)が使われており特徴的な香りで知られている。この時に、ローカルなピートを使うだけでなく、例えばアイスランドのアイムヴァーク蒸留所では昔から燃料として使われている「羊の糞」を使用してあり、スウェーデンのマックミラ蒸留所では当地のジュニパーベリーを合わせて焚いたりして新たなフレーバーを探求している。原料についても、スコットランドやアイルランドなどの欧州は製法に違いがあるものの「モルトウイスキー」が主流であるが、ライ麦を原料とする「ライウイスキー」やモルトとライのブレンドウイスキーを作ったり、熟成樽も多様な材料の樽や産地のものを取り入れたりと、既存の製法の枠に囚われない自由なアプローチが特徴である。ライ麦ウイスキーでいえば、フィンランドのキュロ蒸留所が作る100%フィンランドライ麦を使用したライウイスキーが最近注目をされている。IWSC2020に金賞を受賞し、日本にも入荷されて始めている。このホームページではまだ取り上げてはいないが、ゆくゆくは調べてみたい。自由なアプローチという意味では、マックミラが最も面白い。ブレンドウイスキーのレシピ選定にAIを活用した入り、日本のお茶を使って樽をシーズニングしてみたりと、既存のウイスキー造りでは考えられなかったようなチャレンジングな商品が定期的にリリースされている。ウイスキー造りの歴史が始まったばかりの北欧では、伝統的なウイスキー造りの枠に固執することなく、新しいウイスキーの楽しみ方を積極的に開拓していこうとする姿がみられる。 リカーズ長谷川本店様にて ストックホルム蒸留所ブランネリ(ドライジン) 北欧は豊かな自然だけでなく、シンプルでイノベーティブなクリエイティビティの高さにおいて産業面では既にそのブランド価値を確立している。長い冬を自宅で過ごすことが多いためか、特に家具やインテリアなど良く知られているように思う。アラビアやイッタラ、マリメッコなど(全部フィンランドですが)は好きな方も多いのではないか。北欧諸国には自分も何度か足を運んだことがある。ヘルシンキなどの街を歩いていると、外見は西欧などの華やかさはなく地味なものが多いが、建物の中に入るとカラフルなインテリアなどになっていたりしてそのコントラストが非常に面白いと感じたい。そのデザインも、明るい色が多く使われていても「派手さ」というよりは、むしろ「温もり」のようなものが感じられた。残念ながら冬季には一度も訪問はしたことがないのだが、恐らくそうした時期に訪れればより一層その温もりが増すのかなと感じたものだ。こうした北欧らしさ(もちろん国によって違いはあるだろうけど)が根付く場所に生まれるウイスキーも、派手さは無くとも確かな個性のあるブランドを確立していくのではないかと思っている。また、北欧らしいイノベーティブな発想を活かして、クリエイティブな商品が今後も出てくることは間違いない。それは造り方だけではなく、商品の見せ方であったり、どのように楽しむか、ということにおいても新たな視点を提供しウイスキー全体の知名度と親近性を更に高めていくのではないか、そしてゆくゆくは「北欧ウイスキー」という地場を作り出しているのではないだろうか。スコッチウイスキーの楽しみ方をマスターしていく中で、機会があればぜひ北欧ウイスキーもご賞味いただきたい。 画像クリックでトップページに戻ります。