マックミラ蒸留所

マックミラ蒸留所はスウェーデンで最初に本格的なモルトウイスキーの生産を始めたことで知られる蒸留所。その歴史は最近の新興蒸留所と比べても古く、すでに20年以上の歴史を持つ。創業に至る経緯はとてもユニークでそのエピソードは次のようなものだ。創業者のマグナス・ダンダネル氏は大学の同窓仲間とノルウェーに近いサーレンというリゾート地にスキー旅行に出かけていた。コテージを貸し切り、皆がそれぞれに好きなウイスキーを持ち込みテイスティングをしながらウイスキーの話に花を咲かせていた。その時にどこからか「なぜスウェーデンにはウイスキーを造る蒸留所が無いのか?」という疑問が提起された。確かに、その通りであった。自然豊かなスウェーデンには良質の水源もあるし、大麦もある、樽づくりに欠かせないオークの木もある。これらの条件が揃っていながら、なぜ蒸留所が無いのか?という素朴な疑問。そして、その「答え」が実際に蒸留所を開設するきっかけになったというものだ。しかし、ダンダネル氏を含め仲間は皆すでに職を持ち、それぞれの職場で働いていた。当時、ダンダネル氏はスウェーデンの首都ストックホルムにある製薬会社に勤務をしていた。しかし、この話が出た夜の翌朝、本当にできるかどうか進めてみようということになり、皆が本職の傍らその調査を開始した。いまでいう「フィージビリティスタディ」のようなものだろう。ウイスキーのマーケットを調べたり、スコットランドやアイルランドの本場の蒸留所を訪問したり、蒸留に関する文献を読み漁ったりした。そして、スキー旅行の翌年、1999年にマックミラ・スウェーデンウイスキー会社を創業。容量30L の試験蒸留器を導入。カスクは30Lのクラフトサイズの特注品を用意、試験的な生産を開始した。同年12月に蒸留器から最初の蒸留液の抽出に成功。すぐさまスウェーデン国内からウイスキーの愛好家を集め品評会を開催、商用生産のための資金集めも開始した。

試験蒸留器で初めて生産されたボトル「Preludium:01」

その後、業界団体からの出資を受け、本格的な量産向けの蒸留所「マックミラ工場(Mackmyra Bruk)」の建設を開始。2001年に建屋が完成すると同年に操業をスタートした。当初は出資者向けにスタートしたプライベートカスク「Mackmyra Reserve」が目玉であった。マックミラの特徴である30Lのクラフトサイズのミニカスクに(小さなカスクの方が、中の液体との接触面も大きくなるため、熟成が加速するなどの効果がある)、マックミラのウイスキー原酒を各自が選んで組み合わせ、貯蔵する場所もスウェーデン各地に点在する異なる気候条件をもった場所に保管できるというもの。いわば自分のレシピで「マイ・ウイスキー」が作れるという愛好家にはたまらない企画商品であった。2005年から国営の酒屋「システムボラーゲット」(*)を通じて販売を開始。更に、2006年からはイノーギュラル・シリーズ(シングルモルトウイスキーをリリースする前の準備段階として、将来的にリリースされるウイスキーのヒントとなる味わいを表現するもの)としてPreludiumをリリース。予想に反して大きな反響を受け、スウェーデン国内のウイスキー愛好家がこぞって店頭に並ぶ事態に。どの店も販売後すぐに完売御礼になるほどで注目度の高さを見せつけた。マックミラ・ウイスキーの特徴はすでにこPreludiumにおいて明らかであった。すなわち、マックミラのウイスキーは本場のスコッチウイスキーの製法に学びながらも、スウェーデンのテロワールを最大限に活かして、スウェーデン式のイノベーションを用いながら作られるというコトだ。最初の「Preludium : 01」に続き、02ではスウェーデン産のオークを、古くは(19世紀後半ごろ)艦船を作るために特別に保護された森林から調達して作った樽に詰めて熟成。03は初のシェリー熟成。04では長く閉鎖された鉱山の地下50mに貯蔵庫を設け低温多湿の環境で貯蔵。05はウッドフィニッシュにプライベートカスク用の容量30Lのスモールカスクを使用、06ではスウェーデンで採掘したピートを、ジュニパーの小枝と合わせてスウェーデン式に麦芽をスモーク。2006年~2007年にかけてこれらのPreludiumシリーズを販売した後、2008年に待望のシングルモルト「First Edition」をリリースした。

*スウェーデンでは酒類の販売は国の規制で、国営の酒屋「システムボラーゲット」を通じてしか購入できないのだそうです。(https://simple-rich.com/2018/06/22/sweden-systembolaget/など参照)

グラビティ蒸留所

2009年頃からマックミラは更なるイノベーティブな試みのために新たな蒸留所建設の計画を始めた。これはまたMackmyra Brukの限界でもあった。テナントとして敷地を借りていたが、土地の所有者は蒸留所の規模拡大にはあまり好意的ではなく、ピートでモルトを焚くことも年間に最大6週間と上限があり限定商品としてのリリースしかできなかった。そのような中で折よく10キロ程度東にあるイェブレの町の近郊に、使われなくなった軍の演習場を見つけると、同地に新たな蒸留所「グラビティ蒸留所」を中核とするウイスキー・ヴィレッジの建設を2010年に開始。新たな成長の基盤作りにとりかかる。翌年にはグラビティ蒸留所が稼働、後にレストランやビジターセンターなど観光客向けの設備も拡充していく。また北欧ナスダック証券取引所にも上場を果たし、資金調達力も増強した。グラビティ蒸留所は、自然の力である「重力」を最大限に活用したエコロジカルさが特徴。モルトの投入をモダンなビルの外観をした(およそ蒸留所とは思えない)蒸留施設の上層に投入し、そこから原料は自然と下に落ちながら糖化槽や発酵槽、蒸留へとプロセスが進んでいくというものだ。熱源に使う原料の木材チップも周辺の森から集め、原材料となる大麦も近隣の農家に依頼。ピートや樽材もオール・スウェーデンにこだわったスウェーデンのテロワールがぎっしり凝縮されたウイスキーが造られている。また、マックミラの特徴は、蒸留所として特定の味わいがある訳では無いということ。スコットランドの古い蒸留所には、昔ながら培われたそれぞれの個性がある。例えばそれはラフロイグのスモーキーさであったり、スプリングバンクの塩っけであったり、グレンリベットの軽やかなフルーティさであったりというもの。ところが、マックミラでは、そうして様々なフレーバーを全て自前のラインアップとして用意。更に、そのフレーバー毎に一般向けのスタンダードなものから、季節限定商品や、高級品などの階層を設け誰でも楽しむことができるウイスキーのデパートのような品ぞろえを展開している。これは恐らく、より多くの地元スウェーデンの人にウイスキーを愉しむきっかけを持ってほしいと願ってのことなのかもしれない。

縦に4つ味わいのプロファイル、そして横にはプロファイル内での階層が設けられている

マックミラウイスキー、コアレンジの商品マトリックスが上の表。まずは縦軸のフレーバープロファイルから。一番上の左列を見てみよう。まずはマックミラの特徴であるスウェーデン産のオーク樽を特徴とした「SWEDISH OAK」。四季を通じて寒暖の差が激しい環境で育つスウェーディッシュオークによる熟成はよりスパイシーでドライな風味になるという。次に「ELEGANT」、熟成にバーボン樽を使うことで味わいはより甘みのあるフルーティな味わいが特徴。これと対をなすのが次の「SMOKEY」、ジュニパーの枝と一緒にスウェーデンで採取したピートで焚いたスモーキーなウイスキー。最後がイノベーティブなカスクフィニッシュを特徴とする「INNOVATIVE FINISH」、コーヒー豆やシラカバの樹液から造られるワインでシーズニングしたカスクを使用するなど、クリエイティブな味わいを楽しむことが出来る。その4つのプロファイルをベースとして、エントリーレベルから上級者レベルまで味わいの深みをより一層探求できるような階層が設けられている。それが横軸となる。一番左が一般向け、いわば初めての方向けの「スタンダード」。価格帯でいうと5,000~6,000円といったところ。そこから右の階層、すなわち「LIMITED」(限定版:7,000円~8,000円)、「EXCLUSIVE」(特注版:1万円強)と上がるにつれて、テイスティング・プロファイルがよりリッチなものになる。一番右は初めに紹介した「RESERVE」というプライベートカスクとなり、ここまでくるとマックミラの原酒を使って自らがウイスキー作るようなものといって良いかもしれない。

「MACK」by Mackmyra

さて、先に紹介したコアレンジがマックミラの中核品であるが、そもそもウイスキーを普段飲まないという方も含めてスウェーデンのシングルモルトウイスキーを楽しんで欲しいとリリースされたのが、2015年にリリースされたのが「MACK」だ。発売当初からスウェーデン国内での人気は高く、国営の酒販店システムボラーゲットによればスウェーデン国内でのシングルモルトの売上では既にトップクラスを誇る。その味わいの特徴はバニラやシトラス、洋ナシを彷彿させる軽やかなフルーティさ。特に若者をターゲットにした商品ということで、飲み方もハイボールやロック、カクテルなどに合わせやすいような味わいになっているのだとか。価格も4,000円(700ml)程度というからコアレンジのスタンダード品よりも更にあお手頃な価格で提供されており、マックミラ初めての方がまずは試してみたいボトルという位置づけだろう。他の地域の新興蒸留所でも同様に手ごろな価格で楽しめるシングルモルトが出ているので、本場スコットランドのものなどと比べてみるのも面白いのかもしれない。また、普段ジンやウォッカなどホワイトスピリッツをベースにしたカクテルを楽しんでいる人にも、特に抵抗なく馴染めるのではないだろうか。

そして、最後にこのマックミラ蒸留所の味の番人のことについて話をしておかねばらない。2019年に女性では二人目となるウイスキーの殿堂「ホール・オブ・フェイム」を受賞し、マックミラウイスキーを世界的にも有名なブランドへと育て上げたアンジェラ・ドラツィオ女史である。

マックミラウイスキーのマスターブレンダー、アンジェラ・ドラツィオ女史

女史のウイスキー業界でのスタートはグレンモーレンジの北欧地区のブランドアンバサダーとして。メンターとして慕ったのは当時ボウモアにいたジム・マッキュアン氏。スコッチウイスキーの伝統に縛られないオープンでクリエイティブな発想は、マッキュアン氏がブルックライディを再興する取り組みの中でも刺激を受けたようだ。その後、ウイスキーの国際的な品評会でのパネルメンバーを務めるなどして経験を積む。2004年に創業者のマグナス・ダンダネルにスカウトされチーフ・ノーズ・オフィサーとしてマックミラでのウイスキー造りに携わるようになる。2009年からはマスターブレンダーとしてマックミラウイスキーのブランド価値向上に寄与し。数々のクリエティブな商品をリリースしてきた。

2019年8月リリースの「AIウイスキー」

そのうちのいくつかを紹介したい。一つ目は2019年にリリースされたAIウイスキーの「インテリジェンス」。マックミラ蒸留所の20周年を祝うプロジェクトとしてリリースされた記念商品だ。これはマイクロソフト社が提供するAZUREというクラウドサービスと人工知能を用いて、フィンランドを拠点とするテック系のコンサル企業フォーカインド社と共に共同開発した商品である。このうちAIが担当した部分はウイスキーのブレンドの工程。通常はマスターブレンダーが数多くある原酒の味を見極め、自分の思い描く最良の組み合わせを導き出していくという長年の経験に裏打ちされた職人技によって担われているところ。この工程に着目し、数ある原酒の味わいやカスクのタイプ、アルコール度数、そしてその組み合わせでできた商品の専門家の評価、メダル受賞の有無などすべての要素をパラメーターとしてAIに学習させ、独自のアルゴリズムで「最高のウイスキー」が生まれるレシピを作るという実験だ。その結果であるが、当初はあまり芳しくなかったという。すべての原酒を少量ずつ取り入れるなど実現が極めて不可能なレシピであったからだ。そこで、人間の番が来る。実現可能なレシピを選り分け、再度機械学習に回して、再度レシピを作る。このようなプロセスを幾度が繰り返した後にできたのが、この「インテリジェンス」。その過程では、先入観などで考えもつかなかった組み合わせを機械が提案するなど、学ぶ点もあったという。つまるところAIと人間の合作といったところだろうか。その味わいや如何に?

2019年にウイスキー業界の殿堂入りを果たしたドラツィオ女史を祝して、2020年の春には自らの感性とインスピレーションを結集し、モルトウイスキーに新たなフレーバーを生み出す限定版ボトルがリリースされた。それがこの「グリーンティー」である。ここでいうグリーンティーとはなんと、日本の緑茶のことである。経緯としては日本に旅行で訪れたときに、日本茶の持つフレーバーに感銘を受け、それがウイスキーと親和性があると直感的に感じたそうだ。スウェーデンに帰国後、同地で本格的な日本茶のインポーターをしてるオノ・ヨーコさんと知り合い、彼女の知見を得ながら日本茶の要素をマックミラのウイスキーに融合させる作業を開始した。具体的にはいくつかの日本(主には福岡の八女茶)茶、すなわちほうじ茶や緑茶、抹茶、番茶などをニュートラルアルコールとブレンドし樽の中に寝かせ、更にオロロソシェリーで割ってアメリカンオークの新樽の中でシーズニング(香りづけ)。その樽を使い熟成して完成したのが「グリーンティー」。オーク由来のスパイシーさ、オロロソの甘さ、などは想像がつくとして、グリーンティーがどのような味わいの変化をもたらすのだろうか?

最後に紹介するのが今年(2021年春)発売の限定版商品「ビョークサーブ」(白樺の樹液)。クリエイティブでオーガニックなワインを作ることで知られる地元のワインメーカ、グリュティッタン・ヴィン社とのコラボ商品。白樺の樹液をベースにして作るワイン(バーチ・サップ・ワイン)でシーズニングした樽を用いウイスキーを熟成したのが特徴。実際にはこの他に、バーボンとオロロソシェリーで熟成したウイスキーを加えてヴァッティングしているようだ。スウェーデンにおける春の訪れを新鮮な白樺の樹液を使い表現した瑞々しいウイスキー。フローラルで、フレッシュなスパイシーさ、そしてほんのりとした甘みとヴァニラが特徴だという。限定版(LIMITED EDITION)は毎年2本は出されるようなので、今年はまだもう一本どこかのタイミングで出てくるのか?因みに、グリュティッタン・ヴィン社とのコラボはこれが二作目で、2020年秋にはヤクトリッカ(Jaktlycka)というベリー系のワインを使ったウイスキーもリリースしている。