スコットランドの蒸留所の多くは、昔から脈々と受け継がれてきた伝統や慣習と対話をしながら、自らのウイスキー造りを将来に向けて継続していくスタイル尾かと思います。しかし、このイングランド・湖水地方に新たに誕生したレイクス蒸留所は違います。初めにまず自らのウイスキー造りに対する「使命」があり、その後に蒸留所という形が与えられたのです。蒸留所の位置する湖水地方はイングランド有数の保養地としても知られる風光明媚な場所。世界遺産にも登録されています。蒸留所に与えられた使命、すなわち自らが作ろうとするウイスキーのスタイルとは、ブティックスタイルのラグジュアリーなブランドを確立することでした。その使命を全うするために蒸留所の責任者に任命された人物はかなり異色の人物でした。
”私にとってウイスキーとはコミュニケーションをする「言葉」なのです。我々はウイスキーを通して飲む人の感情を揺さぶろうとしています。もし、飲んだ時に何かの感情が沸き起こってくれれば、ウイスキーメーカーとしての私の役割は成功したと言えるでしょう。”(Master of Maltとのインタビューより)
蒸留所の製造責任者に任命されたのはダバル・ガンジー(DHAVALL GHANDHI)氏。彼の経歴は非常にユニークです。元々彼は、大学で金融を専攻し、大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤングのM&A担当として勤務をしていたそうです。
彼は毎週、アメリカのケンタッキー州に出張で訪問していました。ある時、当時の上司と共にバーボンの生産で知られる当地の蒸留所を巡る機会を得ることになります。それが彼のウイスキーとの初めての出会いであったようです。蒸留所を直に訪問した大変に感銘を受けたガンジー氏は、ウイスキー業界でブレンダーとして働きたいと一念発起をしました。そして、その次の週にはすでにウイスキーの勉強を一から始めることを計画。仕事を退職してすぐに向かった先は、スコットランドのエジンバラにある名門ヘリオット・ワット大学でした。そこで酒造りの勉強に没頭します。
無事勉学を終えたものの、ウイスキー業界での就職の口が用意されているわけではありません。卒業後はハイネケンのイギリス国内で工場勤務の仕事をしていたようです。その後、本社のあるオランダ・アムステルダムとイギリスの工場を行き来するなどしていました。そんなある日、リクルートエージェントから蒸留所のブレンダーとしての仕事のオファーを受けたそうです。他にも複数社から同様のオファーを受けていたそうですが、最終的には昔からの憧れであったウイスキー界の至宝「マッカラン」で働くことに。その後、マッカランの親会社でもあるエドリントン・グループの本社勤務をするようになった彼の元に、また電話がなりました。今度は、アラン・ラザフォード博士からでした。博士はイングランドで新たに一から蒸留所を建設しようとしており、その実現に向けて協力してほしいというものでした。当時マッカランで働いていたガンジー氏にとって、全く無名の蒸留所で働くことに不安はありましたが、「白紙」の状態から新しいウイスキーを作り上げようとするプロジェクトに共感。大手企業からベンチャーに転身するが如く、マッカランを辞してこのレイクス蒸留所の創業チームへの参画を決意しました。
数百年の歴史を持つスコットランドの蒸留所の中にあって、イングランドにスコッチのような歴史も伝統も存在しません。レイクス蒸留所の挑戦は全くの一からのスタートとなりました。レイクス蒸留所の製造責任者となったガンジー氏は、スコットランドの蒸留所のように脈々と培われた伝統のページを紐解くことではなく、最高のモルトウイスキーを作るというレイクス蒸留所の使命を以て、それにふさわしいウイスキーのレシピや素材を考える、という逆の発想が求められた。その成果は2018年7月、蒸留所の初めてのシングルモルト「GENESIS」のオークションで披露されました。新しく出来た蒸留所が一番初めにリリースするボトルの第一号品が、オークションで7,900ポンドという歴代最高価格を記録したのです。
レイクスの特徴は基本的にシェリー熟成であるという点。これはガンジー氏の特別なこだわりなようです。シェリー樽の産地、スペインにも自ら赴くなどして、シェリー樽の特徴を深く学ぶことで樽をセレクトしているようです。シェリーの中でもオロロソがメインで、PXとフィノが補完するという組み立て。樽材については、アメリカンオークとスパニッシュオークのコンビネーションにより、深みと軽やかさの両方をバランスよくウイスキーの味わいに含ませることができるのだそうです。シェリー以外にも赤ワインカスクやバーボン樽を使い全体的な味のバランスを調整しています。GENESISの場合は、最初にオロロソのホッグスヘッド樽で熟成した後に、ヨーロピアンオークとアメリカンオーク樽に分けて熟成をし、最後にスペインのオレンジワイン樽でマリッジするという三階層の熟成を経ています。これにより味わいにレイヤーを作り出して深みも持たせることに成功しました。また、ガンジー氏はブランデーやコニャックの業界で言われる「エレバージュ」と呼ばれる手法も取り入れようとしているようです。これは単にアルコールを熟成樽に寝かせて時を待つというのではなく、適宜その保管状況を調整するなどしながら自らの思い描く味わいに近づけるための、いわば熟成プロセスのマネジメント。こうした一つ一つのプロセスを緻密に行うことで、最高のウイスキーが出来上がっていきます。
レイクス蒸留所が繰り出すスペシャルラインアップ「クォーターフォイル・コレクション」。クオーターフォイルとは四葉のことで、古来ケルト文化においては「信仰」「希望」「幸運」「愛」を象徴とするのだそうです。レイクス蒸留所はこのケルト文化を自らのアイデンティティと融合させ、シェリー樽とオーク樽のそれぞれの独特な特徴を引き出した限定販売品を2018年から4年をかけてリリースしています。
レイクス蒸留所はウイスキーの他にジンやウオッカも生産しています。特にジンは最近よくバーやレストランでも見かけることが多くなっている気がします。価格もウイスキーに比べてお手頃です。蒸留所に併設するカフェやバーなどのビジターセンターのアップグレードにも注力しています。蒸留所の位置する湖水地方一帯のブランドイメージとの相乗効果を図りながら、更にイノベイティブな展開が期待です。今後の動きに目が離せません。