昨今のスコッチウイスキー業界の問題意識についてまとめてみました。

こんにちは。ウイスキーマスターのナダゴローです。最近は蒸留所記事のアップデートがなかなかできておらず申し訳ありません。話題が無いわけではなくて、むしろ話題がありすぎてどこにフォーカスを置いて良いのか分からない状態なのです。これまで一般的にはあまり認知されていない、けれども面白い取り組みをしている、そんな蒸留所を数々取り上げてきました。従来の蒸留所というのはどちからというとウイスキーの味わいを求めて原酒の生成や樽の熟成にフォーカスをして独自のこだわりを持って商品をリリースしてくるいうスタイルであったかと思います。スコッチウイスキーというのは長年の歴史があるので、伝統という規範があり、また法律でもその作り方に細かな指定があります。なのでどのような取り組みをするにせよ、スコッチウイスキーを名乗り、そこでの評価を得ていくには目指す方向性が決まっているということがあるのかと思います。そこから外れるとそれはウイスキーではあってもスコッチウイスキーとしては認められないわけで、もちろんそれがダメというわけではありませんが、スコッチの伝統とブランドをすり抜けて自己流に作り上げるというのは少なくとも容易ではない気がします。しかしながら、その枠内にとどまりつつ、本来のスコッチウイスキーの伝統と慣習を維持しながら新たな付加価値をつける動きがここ数年で大きな発展を遂げたように思います。大きくその話題を3つに分けて取り上げてみたいと思います。

ひとつは環境への意識の変化です。これはウイスキー業界だけに限らず、もはや世界的な潮流といっても良いかもしれません。自動車のEV化、電力の脱炭素化、脱プラスチックなどその例は枚挙にいとまがありません。ウイスキーの蒸留所も工業製品的な側面を持ち合わせています。蒸留器を動かすには電力が必要ですし、樽を作るには木材がいります、蒸留所の立地は辺鄙な田舎にあるケースが多いため原材料の搬入や商品の出荷に輸送が必要です。ウイスキーは自然の原料のみを使い、発酵や蒸留などの自然の営みを利用しているという意味ではオーガニックで自然に優しい商品なのですが、その裏側ではエネルギーを多く使っているという実態もあります。こうしたことから蒸留所で使用する電力を太陽光や風力、バイオマスなどのグリーンエネルギーに切り替える取り組みが特に新設の蒸留所で盛んになってきた印象です。いまや、こうした意識を持たないところの方が珍しいのではないでしょうか。面白い取り組みとしては、蒸留所の製造工程に「重力」を用いたスウェーデンのマクミラ蒸留所です。これは原料を蒸留所建物の一番上に最初に持っていき、重力を利用して下に落とすことで次工程に回していくというものです。また、スコットランドのナクニアン蒸留所は商品梱包に使われるパッケージングが過剰ではないかとの問題意識から、敢えて梱包を簡素化して発送する取り組みを始めています。こうしたことはウイスキーの味わいという本質を変えずに新たな付加価値とウイスキーの環境に対する真摯な取り組みの姿勢を内外に伝えるものとして注目を浴びています。

二つ目に取り上げたいのは地産地消化へのベクトルです。これまでスコットランドで作られたウイスキーというものは瓶詰をした後に、基本的には大陸や北米などの消費者の元へと届けられるものでした。また原料である大麦も実はフランスなどの穀倉地帯から多くを「輸入」に頼っているのが実のところです。つまりグローバルなサプライチェーンの中に組み込まれた一つの停留所のような見方もできるのです。つまり、実際にウイスキーを蒸留している場所は、実はただ蒸留をしているだけで原料も、それを飲むものも実はどこか遠く離れたところにあるという。しかし、最近このような流れとは逆に敢えて地元を意識した蒸留所が増えてきているように思います。すなわち、原料となる大麦は輸入品を使うのではなく、蒸留所近辺の農家から調達をしたり、発酵に使用するイーストも畑から採取した自然酵母を使用したり、樽に使う木なども周囲に自生するものを利用してみたり、という試みです。これは特にスコットランドだけに限らず、広く世界的にみた新興蒸留所で盛んな印象です。自分たちが丹精込めて作ったものは、やはりその土地の愛好家に楽しんでほしいという思いもあるのかと思います。スコットランドの蒸留所でも、例えば先に紹介をしたナクニアン蒸留所は、輸送ロスの問題意識から蒸留所の「タップ売り」のようなことをしているそうで、マイカップのようなお酒を入れる容器を持ってくればその場で樽から提供するということをしているそうです。もちろん、こればかりでは逆に近隣住民しか提供できないということになってしまうため、商売的には現実的ではないかもしれませんが、面白い試みだと思います。また、敢えて蒸留所を都市の中心部に立地させることで、自らが消費地の中に飛び込んだオーストラリア、メルボルンのスターワード蒸留所などの例もあります。こうしたシティタイプのディスティラリーは今後も増えてくるのでないかと思います。日本でも例えば東京・浅草の蔵前にリバーサイド蒸留所というジンをその場で製造・販売するところがあるのをご存じでしょうか?バーも併設されているようでおススメです。

三つ目には作り手の多様化です。これまでウイスキーの蒸留所というのはスコットランドが本場で、その作り手も男性中心の世界でした。ところが、もはやここ最近のウイスキーブームはスコットランドという地域に限定されるものでは全くなくなり、世界各地でそのムーヴメントを巻き起こしています。そしてその発展も独自なものを遂げているところが少なくありません。新たなスコッチウイスキーの解釈が世界中で起こっています。スコッチウイスキーの作り手も本場から世界へと各地に活躍の場を求めているように思います。台湾のカヴァラン蒸留所はジム・スワン氏の影響無しに語ることは不可能であるように思いますし、韓国初のウイスキー蒸留所であるスリーソサエティーズもスコットランドの蒸留家を責任者として招聘しています。また本場のスコットランドに学んだあとに、その知見や技術を持ち帰る動きもあります。スコッチウイスキーの伝統と文化はもはやスコットランドに限定されるものではなく、世界中に広まっているように思います。この動きは更に今後も本格化し多様化するように思います。この中で、もう一つ別の側面も紹介しておきたいです。それは「女性」の役割です。ウイスキーは従来、作り手も飲み手も「男性」が中心の世界であったと思います。しかし、昨今、この世界に飛び込んで主要な地位を獲得する女性が増えてきています。先ほどから何度も紹介しているナクニアン蒸留所は、創設者が女性です。また、マクミラ蒸留所はマスターディスティラーという品質管理責任者が女性です。彼女たちは往々にしてこれまでにない問題意識や価値観を提起してスコッチの可能性を広げているように思います。これからもこうした作り手や飲み手の多様化が広がることでスコッチウイスキーの可能性と世界観は更に豊かなものになるのではないでしょうか。

さて、最近の記事更新不足を埋め合わせるためではありませんが、業界の動きの観察と所見を簡単に述べていきました。これまではこうした動きが珍しかったこともあり「見つけたら書く」という感じでしたが、今ではこれらの取り組みが普通になってしまいフォーカスを絞るのが難しくなってしまいました。こちらももう少し考えをまとめながら流されることなく自らの注目するポイントを明確化していく必要があると思っています。それでは、久々でありますがナダゴローがお届けしました。

Comments

No comments yet. Why don’t you start the discussion?

    Leave a Reply

    Your email address will not be published. Required fields are marked *

    CAPTCHA