ビースポークン・スピリッツ

ビースポークン・スピリッツ
https://jp.techcrunch.com/2020/10/09/

如何にもアメリカ的なアプローチという感じではある。何の話かというとデータサイエンスを駆使してウイスキーを造ろうという、いわばウイスキー錬金術のような話。出所はベンチャー企業の聖地シリコンバレー。3億円の資金を集めて創業。目指すものは「サービスとしての熟成処理」(Maturation-As-a Service)、それがこの「ビースポークン・スピリッツ(Bespoken Spirits)」。(会社の名前であると同時にブランド名でもあるようだ)

ところで、”Bespoken”とはbespeakの過去分詞形。意味は「予言する」。要するに予言されたお酒、という意味。これは何かと言うと、伝統的なウイスキーは長期間(スコッチの場合は最低でも3年)オーク樽の中で熟成をさせるわけだが、この期間に起こることはある意味「神頼み」、要は自然任せ。しかも「エンジェルシェア(天使の分け前)」分だけ、原酒は貯蔵期間中に水分とアルコール分が揮発し中身が減り続けていく。ただ、その間に荒々しい原酒の味がまろやかに仕上がったりしていく訳で、このプロセスはただの「時間の無駄」というよりは、ウイスキー好きなら誰しもが「崇高な待ち時間」と捉えるているだろう。結果的には望んだ味わいにならないことも勿論あるが、これも神の思し召しとして潔く受け止めるしかない。この労力こそが、ウイスキーの素晴らしい味わいの源泉となっていることを否定するものは、いない、はず、、、なのだが、である。

それを「無駄」と捉え、現代のテクノロジーとデータサイエンスを駆使して、「熟成」プロセスを解体し、再構築する動きこそが、このBespoken SpiritsのACTivationプロセスなのである。すなわち、ウイスキーのA(アロマ)、C(カラー)、T(テイスト)を制御して、自分たちが望む味を科学的に作り出す技術である。これにより、時には数十年にも及ぶ熟成プロセスも、数日単位に大幅短縮され、その間にかかりうる「エネルギー」や「労力」またエンジェルシェアによる原酒の「ロス」も大幅に削減が可能。こうしてエコロジカルで、且つ、エコノミカルなウイスキーが出来上がるというワケ。

すでにいくつかのラインアップがアメリカではリリースされている。ウイスキー評論家などの間では辛口コメントもあるものの、世界的に著名なウイスキーのコンペであるサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SWSC)の直近2021年の大会において、ライ・ウイスキーのカテゴリーで金賞を獲得、その他のカテゴリーでもいくつかの賞を受賞するなど確実に実績を上げてきている。もちろん、ライ・ウイスキーやコーン・ウイスキー(バーボン)などのいわゆるグレーン・ウイスキーはモルトに比べて長期熟成はしないと思うので、その辺りは差し引いて置かねばならないのかもしれない。長期の樽熟成といえばスコッチを代表とするシングルモルト。今後はこのジャンルでどれだけの成果を残せるかがカギにはなるのだろう。ただ、とりあえずは「科学的な精製」により、美味しいウイスキーが出来たという事実は評価されねばらない。いずれにせよ、今後の挑戦はこれからも様々な議論を投げかけていくような気がする。

このビースポークン・スピリッツの取り組みについて、個人的に注目したいのは「エコロジカル」な視点。つまり、作業ロスの少ないウイスキー造り、という視点である。この問題意識は恐らくスコッチをはじめとするウイスキー造りにはあまりなかった考え方であるように思う。最近でこそ新興の蒸留所を中心として、環境に配慮したウイスキー造りというものが様々なステージで実践されてきている。例えばオーク樽についていえば森林資源の保護であったり、大麦であればローカルで無農薬な栽培であったり、また蒸留所のエネルギーについてもバイオマス発電を使ったり、といった動きである。しかしながら、根本的にウイスキー造りというのは相当なエネルギーを実は消費しているのでないかというのも事実であると思う。樽の出所については、確かにそれは何度も使い回しはするけれども、森林資源を消費し、様々なフレーバーを作り出すために多種多様な樽を世界中から買い付けることもある(輸送コスト)。熟成のための保管ということでいえば、自然の為せる技とはいえエンジェルシェアによるロスもさることながら、長期保管をしなければならないという保管コストもかかる。こうしたコストというのは熟成によって得られる価値への対価として消費する側に転嫁されうのだが、その過程でコストを上回る付加価値が着くのであれば消費者は喜んでその対価を払うわけで、ウイスキー業界はこのようにして経済的には着地点を見出してきたともいえる。ただし、環境への負荷や原料ロスの発生という現象そのものは現状の製法では避けて通れない。こうした観点において、樽での熟成をせずにステンレスタンクの中に原酒を入れて、必要な樽の成分片を投入し、あとは機械的な処理で条件設定をして促進試験のようにコマ送りで熟成を達成するというのは画期的なアイデアである。(なお、こうした加速度的な熟成により超早熟のウイスキーを造ろうとする蒸留所はビースポークンだけではないことを断っておく)新たなフレーバーを開発するのにも、多くの試行錯誤をせずに少量の資源(原酒)を以て、それを無駄なく完成品にまで仕立て上げることができる。これは、単なる伝統に対するチャレンジということではなく、さらにより多くのポジティブな可能性をもたらすものではないか。

更には次のような応用も考えられるという。今回のコロナ禍において、クラフトビールを作る醸造所で大量のビールが販売機会を失い、期限切れの売れ残り在庫を抱えてしまった。普通なら廃棄をせざる得ないところである。頭を抱えた醸造所の中には、売れ残りビールを蒸留してウイスキーにしようということも考えたが、こうした間に合わせの試みは多くのの場合うまくはいかない。そこにビースポークン・スピリッツのACTivationプロセスが登場するのだという。このプロセスを使うことにより、少量のバッヂで様々な試作も可能であるだろうし、最適解が分かれば後はそのレシピ通りに大量生産をするだけ。本来は廃棄されてであろう「期限切れの商品」が再度「ウイスキー」として復活する、資源のリサイクルならぬ「アップサイクル」(付加価値を付けたリサイクル)が可能になるという。

この他にも、バーやレストンランが個別にカスタマイズをしたウイスキーを欲しいと思った場合。恐らく通常なら高いお金を出してプライベートカスクのようなものを蒸留所に頼むなどしかないだろうが、ビースポークン・スピリッツであればイメージするウイスキー通りのものがACTivationプロセスにより出来上がる。しかもお手頃な価格で。顧客の好みをヒアリングして、レシピとマッチングすることで自由自在な対応が可能となる。つまり、有るものの中から受動的に選択するのではなく、より積極的に自らが望むフレーバーや味わいといったものを、顧客の側が主張するこができる、というもので、これまでのウイスキー業界の慣習とは全く違う世界感といって良いのかもしれない。

ビースポークン・スピリッツが最終的にどこを目指そうとしているのかは分からないが、伝統的なスコッチなどの蒸留所と対立するものではなく、ウイスキーをより多くの消費者に楽しんでもらうための新たな視点をもった協業者として、業界的な認知が広がっていってほしいと思う。スコッチのシングルモルトの世界というのは、日本酒やワイン、ビールなどの醸造酒の世界に比べれば、ごく少数のニッチな世界であることは否めない。巷ではせいぜいブレンドのハイボールが良いところではないか。他の記事でも紹介しているスウェーデン(マックミラ蒸留所)やオーストラリア(スターワード蒸留所)、デンマーク(スタウニング蒸留所)などの取り組みで共通するのは、ウイスキーを如何に消費者に近づけることができるか、というテーマがあった。この一つとして、ビースポークン・スピリッツがウイスキーのいわばエンタメ的要素として今後も注目されていくことに期待をしている。