ピートウイスキーが無くなる?

whiksycastの2月19日付の放送は「The Barrel Problem」というテーマでした。もうタイトルを聴いただけで内容はおおよそ想像できるのですが、昨今のバーボンブームとクラフトブームでアメリカンオークの新樽需要に樽の供給が追い付かないという話。ご存じの通り、バーボンはアメリカンオークの新樽をチャーしたものを使用することが法律で決められています。しかし、その原材料となる森林資源は限られており、需要が増えたからといって簡単に増やせるものでもありません。また、樽職人だけでなくオークの木を伐りだす職人も家族経営の小さな業者が多く、危険を伴う仕事であることから若い世代に人気が無く後継者問題にも悩まされている状態とのこと。自前のクーパレッジ(樽を作る工場)を持ち樽を管理しているブラウンフォーマン社(※)でさえ不足分を外部から買い足しているような状況で、小さなクラフトディスティラリーはお酒を作ってもそれを熟成させる樽が調達できないということで悲鳴を上げているのだとか。ホワイトオークの森林資源に関する危機的な状況は以前にこちらのブログでも取り上げたので同記事を一読いただければと思いますが、今回はスコットランドのピート問題の気になる話題についてです。こちらも以前にチラッと取り上げた記憶があるのですが、当時は半信半疑でした。しかし、それがいよいよ本格的な流れになってきているようなのです。

※”Brown–Forman Corporation はアメリカに拠点を置く会社で、蒸留酒とワインのビジネスでは最大手の 1 つです。” wikipediaより

泥炭としてのピートを考える。

スコットランド政府は「ピートの採掘禁止」について民意調査を開始したというのです。ご存じのとおりですが現在のスコットランド政府は、スコットランド独立を目指すスコットランド国民党が率いており、スコットランド政府の長は同党の党首二コラ・スタージョンです(注:2023年2月に電撃辞任を発表)。ウイスキーのピートというと、もうこれは説明をする必要もありませんが、ラガブーリンやラフロイグなど独特のピート臭で知られるアイラモルトに代表される通り、スコッチウイスキーに欠かせないオリジナリティのある大切な要素です。スモーキーな香りとフレーバーは、モルト加工をする際にピートを焚くことで生じるもので、愛飲家の間でも好き嫌いは分かれるかもしれませんが、スコッチウイスキーの聖地とされるアイラ島のモルトウイスキーとそのピートは切っても切り離せないものと言えるのでないでしょうか。(→このあたりのことは村上春樹さんの短編モノ記事などで)そのピートが採掘できなくなるということは、当然のことながらピートウイスキーの生産は困難になります。これはピートウイスキーという一つのジャンルがスコッチウイスキーの中から消滅することを意味します。このためすでに著名なウイスキー評論家からは懸念の声が出ているようです。

そもそもピートはウイスキーのモルティングのためだけにわざわざ採掘されているワケではなく、その主な用途は「堆肥」として園芸やガーデンニング向けに使われています。ピートのモルティングとしての使用は1%程度ともいわれており、全体に占める影響は微々たるものであるというのが実態です。TheNational(スコットランド)の2月18日のネット記事によれば、現在の政府の計画によると、まずはガーデニング向けの使用を禁止して、その後に他の産業向け使用についても同様の措置を拡張していくというのものだそうです。この意図はスコットランドの湿地帯の環境保全であり、ピートランドは同じ面積で比べても森林の倍以上の炭素を蓄える能力があるといわれているからです。ピートを採掘するということは、蓄えられている炭素を排出することになり、気候変動の問題にも大きな影響を与えることになります。スコットランド政府として、ピートの採掘禁止は環境保全の政策を進める上で不可欠であり、2.5億ポンドを投じて2030年までに25万ヘクタールのピートランド復元を目標とするなど熱意をもって取り組んでいます。環境大臣のマイリ・マカランは「ピートランドはスコットランドの面積の3分の一を占め、文化的にも自然的にも重要な財産であり、良い状態で保つことで気候変動を抑止し、地域の環境保全の仕事を支えることができる」としており、スコットランド政府と国民党の環境問題に関する取り組みは真剣そのものです。こうした動きを受けて真っ先に影響を受けるのは園芸業界になりますが、環境保全からすでに理解を示しているようで、ピートを使わない代替材の利用を進めてきています。ピート採掘廃止の政策についても、自然環境の保全の観点からむしろ賛同してくるでしょう。そうなると、たとえ1%とはいえピートを利用しているスコッチウイスキー業界がこの動きにどう対応していくのかというのは今後注目されます。

経済的な観点からすれば、スコットウイスキーの業界はスコットランドに大きな貢献をしてきていることは事実です。その貢献は、ただ単にウイスキーを製造して販売することだけにとどまりません。ウイスキーを生産する蒸留所とそれに関連して働く人々の雇用を生むだけではなく、世界中からウイスキーファンが辺境の地にある蒸留所に足を運び、観光客向けの需要も創出しています。イギリス全体で見てもスコッチウイスキーは重要な「輸出品目」であり、スコッチウイスキー協会(SWA)の調べによると、昨年(2022年)のスコッチウイスキーの輸出総額は60億ポンドを超え、数量ベースで21%増、金額ベースでは37%増であった報じています。(→“Scotch Whisky Exports Over £6bn for First Time”)スコットランド政府の関係閣僚もこの快挙について祝福し、食料品加工の産業がスコットランド経済にとって重要であり、その中でもスコッチウイスキー業界が多大な貢献をしていることを認めています。このように、環境保全問題が取り上げられる中で、スコッチウイスキー産業の経済的な価値も当然のことながら認識をしているわけで、今後スコットランド政府とスコッチウイスキー業界団体で、ピート採掘やその使用についてどのような展開になっていくのか、引き続き注目をしてきたいと思います。(→スコッチウイスキー業界における環境問題を前面に出したウイスキー造りといえば、ナクニアン蒸留所などが有名。今後もこうした環境保全の意識をもった酒造りは大切になってくるのではないでしょうか。)

ピートウイスキーが無くなる?

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