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ジャズバー・USICEウィスカ(新宿)

初めてのモルトバーに    おススメの一軒。 JAZZを聴きながらの 落ち着いた大人の夜を♪ ようやく緊急事態が解除されて、徐々にお店も開いてきました。マスク着用は変わらずで、以前のにぎわいにはまだほど遠いような感じもしますが、何はともあれ世の中が 動き出してきた感じです。ウイスキーバーは特に夜型なので、どこもみな閉まっていたため、ホントに最近はめっきりと飲む機会がないままでした。このブログでも、最近は時事ネタみたいな話ばかりで、バー巡りがご無沙汰になってしまいました。またもや新宿ゴールデン街に「らしからぬ」(汗)大人の雰囲気のバーを発見したので今回ご紹介します。詳細は現地の地図(商店街案内)などで確かめて頂ければと思うのですが、いわゆるG1通りという一番手前側の通りにある、BARウィスカさんです。 ゴールデン街は、言わずと知れた飲み屋街ですが、昭和的というか古いノスタルジックな店が多いのが特徴。そんな中にあって、開業間もないこちらのバーは、シックで落ち着いた雰囲気。カウンターが数席程度とこじんまりというのはこの界隈で良くあるパターンですが、どことなくあか抜けてスッキリしているので、正直ゴールデン街にいることを忘れてしまいます。また、三丁目界隈にありそうないわゆる真っ暗なモルトバーとは違って、店内の照明もカジュアルバーのような明るさで、初めての方でも居心地よくウイスキーが楽しめるのかと思います。 久々なので、何を頼んでよいのか迷いました。とりあえずはボトルがスタイリッシュに新しくなったアラン(Arran)をロックでお願いしてみました。アランについては少し解説をしておきます。 アランはスコットランド北西のアラン島にある蒸留所で造られるウイスキーです。いわゆるアイランズ系というウイスキーで、アイランズ系のモルトはアイラ島に代表されるピートなアイラモルトを筆頭に、個性豊かな風味が特徴とされています。その中で、このアランは個人的には割に落ち着いた感じかなという印象ですが、コアなファンもいるようです。 ”25 years Isle of Arran Distilleries”” アラン蒸留所はアラン島の北部のロッホランザ(ロックランザ)という場所にあります。1995年に操業を開始、巨大資本が席巻する今日のウイスキー業界にありながら独立系資本による運営を続けています。小規模で交通の便も良くはないと思いますが、ビジターセンターには世界中から多くの観光客を集めることでも知られています。また、なんといっても注目なのはロッホランザの反対側、すなわち島の南端に出来たラッグ蒸留所でしょう。今回のボトルチェンジも、ラッグ蒸留所が出来た2019年のことでしたので、今後アランブランドとして二つの蒸留所のキャラ的な棲み分けを狙ってのことなのかもしれません。元のアランはフルーティでスパイシーな感じですが、新たに誕生したラッグはピートが特徴だと言われています。同様にアイランド系のジュラ(JURA)なんかも、華やかで草原のようなノンピートと、好対照にスモーキさが特徴の商品をうまく合わせているイメージがありますが、そういった感じになるのでしょうか。新しい蒸留所のシングルモルトが出回るのはまだもう少し時間がかかると思いますが、今後どのようなラインアップを出してくるのかが楽しみでもあります。 明るく落ち着いた店内 その他ウイスキーのラインアップですが、こちらも非常に丁寧です。以前、栃木の小山で訪問したカジュアルバー(bar as everyさん)を思い出しました。基本的なラインアップをしっかりと揃えています。メインはスコッチが多いですが、イチローズなどのジャパニーズやバーボ ン、ボトラーズも少し。後、恐らくこちらのお店の特徴は「オールドボトル」かもしれません。サントリーやニッカの特級時代のボトルがいくつか置かれていました。ウイスキーはアルコール度数が高いので適度な環境であれば長期間保存をしていても、品質が劣化することは無いと言われています。むしろ、ボトルの中でも更に化学反応が生じて微妙に風味に変化が生じて、それがまた評価を上げたりすることもあるようです。このあたりは、特級時代のウイスキーというのをそもそも知らない自分には正直分からないのですが、そもそも既に販売されているものは無いのでお金を出せば買えるというものではないという一品限りのアンティーク品になります。このため価格はpricelessになることもあるのですが、こちらで提供されているものはかなりリーズナブルな設定かと思いました。昔のオールドボトルの味わいにも興味がある方は、マスターにおススメなど聞いて(一応、お値段も確認してから)愉しんでみるのも良いかもしれません。今回の訪問では主にスコッチシングルモルトの通常ラインアップ品をいくつか頂きましたが、落ち着いた雰囲気の中でゆっくりと味わうことが出来ました。お店の中の席数が限られることもあり、曜日や時間帯によってはまた違う雰囲気なのかと思いますが、まだ開店して間もないというこで今後の展開も楽しみです。 bar usiceさん

宣言下の広島をドライに往く。

またまたやって来ました、広島の街。 緊急事態宣言が続く中での来訪となってしまい、残念ながらいつものバー巡りはできませんでしたが、休日も利用して時間を使いながら広島の魅力を改めて感じました。そのことについて、少し書いてみようと思います。 夕暮れの端と路面電車(市内) 今回は台風が接近中という生憎の天気の中ではありましたが、幸いにもあまり天候は荒れずに少し雨模様といった感じのなかで広島に到着しました。毎度来るたびに思うのですが、広島ではとにかく、「川」と「橋」、そして「路面電車」、この3点セットが最強な昭和ノスタルジーを呼び起こします。(といっても、自分の生まれたところには路面電車は随分前に姿を消していて、宮崎駿アニメのような世界の情景から思い浮かぶ程度ですが。)広島はとにかく川の街です。市内には、6本の川が流れており、遊歩道などもよく整備されていて、憩いの場としても活用されています。特に今回のような時期ですと、川辺のベンチに腰を掛けて談笑している人たちも結構見かけました。それも都会のような密と言う風では全くなくて、とても自然な形で適度に楽しんでいるように見えて、日が暮れた夜でも街路灯の灯りとかに照らされ、その非日常的な感じがとても優雅にさえ見えました。(と言いながら自分もコンビニでハイボールを買って真似をしてみました。サイコーでした。)東京などの都会だと川辺はどちらかというと街の交通の動き(ヒトとか車とか含む)から遮断されたりしていて、少し寂しいところがあるような気がします。また逆に田舎の方に行くと、そもそも誰もいなかったり、腰かけるベンチも無かったりとこれもまた寂しい。ところが、広島の場合はどちらかというと、そこに連続性のようなものがあって街の交通の動きともつながっているような感じで、とてもその辺が気持ちがよいのです、ベンチに腰掛けてもちょっとした離れ、もしくはテラス席にいるような感じでいられるのです。なので、ともて心地よい気分になれます。この川飲みは、今度来た時も、絶対やると思います。(広島来られるかにはおススメです!因みに自分は原爆ドーム前のベンチに陣取って寛ぎました。) 市内を流れる6本の川(https://tabetainjya.com/archives/koneta/post_6157/) さて、ウイスキーのバーは残念ながらどこも営業をされておりませんでしたが、広島の市内にはたくさんのモルトバーがあります。広島に来られた方なら特に説明は不要と思いますが、市内には「流川」(ながれかわ)という繁華街があり、広島駅から路面電車で10分程度のところ、自分は銀山(かなやま)町という駅で降りることが多いですが、次の胡(えびす)町や八丁堀にかけたくらいの南側に広がります。ここがいわゆる夜の街でもあり、東京でいうなら銀座と歌舞伎町を足し合わせたような感じかと思います。(自分は前回の訪問で「Bar Little Happiness」さんに訪問しました。)事態が落ち着けば、またゆっくりバー巡りをしたいなと思います。 瀬戸内航路から広島港(宇品)を振り返る さて、ウイスキーと広島について、改めておさらいしてみようと思います。トピックとしては主に恐らく二つかと思います。「竹鶴政孝」と「戸河内ウイスキー」。 まず、竹鶴政孝について。ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝の生まれ故郷が実は広島県にあります。(正直、自分は今回これを初めて知りました)場所は県中部の竹原という小さな町です。広島市内から車か電車だと海沿いに行けば2時間くらいはかかるかなと思います。どちらかというと空港よりなので、今回は帰りの道中で寄りました。 竹原という町。遡ると京都の下賀茂神社の荘園であったそうで、製塩業で随分繁栄したようです。そのせいか、街並みはとても奥ゆかしく「小京都」と言われるのも分かります。この町の中心部くらいに「竹鶴酒造」という酒造メーカーがあり、ここがまさに竹鶴政孝の生家だそうです。まるでタイムスリップをしたかのように当時の趣をそのまま残しています。建物の内部の見学はできませんでしたが、日本酒を販売しているコーナーがあり、館内の様子も少しだけのぞくことができました。 竹原の街並みと、竹鶴酒造。 竹鶴政孝はこの街で酒造と製塩業を営んでいた父・敬次郎の三男として1894年に生まれた。丁度この頃は、当時抜群のブランド力を誇った兵庫・灘の酒に負けないモノを作ろうと、様々な改良が広島の酒造業界で起こっていた。敬次郎もその中の主要メンバーで、努力の甲斐があり1907年の全国品評会で広島の酒は優秀な成績をおさめる。こうして西条に代表される広島のお酒は灘や伏見とも肩を並べ三大銘醸地の一つを占めるに至った。(wikipedia:「竹鶴政孝」参照)こうした父の背中を見て育った政孝は、大阪の高等学校(現在の大阪大学)で醸造を学んだ後、学校の先輩であった岩井喜一郎を頼り、洋酒のパイオニアであった摂津酒造に入社、その後のキャリアを歩んでいく。そのキャリアの原点ともいえるのが、なんとも今ではのどかな瀬戸内の小さな町。製塩業が動いていた当時はもう少し喧騒があったのかとも思いますが、時代の移り変わりとでもいうのでしょうか。それにしても、写真の通り街の風情は十分に往時を伝えていて、「町並み保存地区」の景観と佇まいは大変に保存状態が良いです。 https://www.sakuraodistillery.com/blended/ さて、最後に語らねばならぬのは、なんといっても広島が生んだウイスキー「桜尾」、そして「戸河内」です。元々、こちらのウイスキーというのは、厳密な意味でのジャパニーズウイスキーではなく、海外からウイスキーの原酒を輸入し、自社の貯蔵庫で熟成のみを担当するという、いわば酒屋さんの延長みたいな感じでした。(現時点で巷で見かけるのは、ほぼ全量がこちらのタイプのブレンドウイスキーかと思います。)その特色は、その風変りな貯蔵庫、中国山地の内陸に位置する廃線となったトンネルを利用してます。 そんな中で、ジャパニーズウイスキーのブームが到来。2017年12月には、宮島の近くにある廿日市に自前の蒸留所である「桜尾蒸留所」が稼働。今年の3月には会社の名称も従来の「中国醸造」から、同蒸留所の名前を冠した「サクラオブルワリーアンドディスティラリー」に変更、そして、ついに9月、3年の熟成期間を経て待望のシングルモルトがリリースされるに至りました。しかも、リリースされて間もないうちにアメリカのニューヨークで開催されたコンペ(*)において、最高金賞などの賞を受賞し、期待に見合う高い評価を早々に獲得しました。残念ながらまだ限定販売品のようで、数量もかなり限られているとのこと。実際に飲むことが出来る機会はもう少し先になってしまいそうですが、今後の展開が益々楽しみです。モルトはまだ輸入品だとういうことですが、これも将来的にはオール広島のテロワールで作っていくのでしょうか?広島には内陸には林野があり、瀬戸内の海もありますので、広島の地理や気候といった要素を凝縮したウイスキーにも期待をしたいところです。 *New York World Wine and Spirits Competition 2021:サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SWSC)より歴史は浅いものの同じくらいの権威があるコンペのようです。)   さてさて、今回は一滴のウイスキーも飲まず、川や酒蔵、ボトルなどを眺めるだけで、ここまで話を進めてきました。我ながらやればできるもんだと感心します(笑)。ところで、桜尾の前身である中国醸造という会社も面白い歴史があり、創業はなんと100年も前の1918年(大正7年)。つまり、広島での日本酒造りが全国的な知名度を得るくらいの時期に創業されました。そして、日本酒以外にも洋酒や焼酎、調味料(みりん)など多様なお酒造りを営んできたという変わり種。21世紀になり、自前の蒸留所を建造して今度はウイスキーやらジンやらを作ろうとしているワケ、いわゆるパイオニアです。広島の市内を流れるのどかな川辺に立っていると、あまりそうした実感も湧きませんが、20世紀初頭に灘や伏見に対抗して興った日本酒造りに始まり、今度はウイスキーへの挑戦と、何か沸々と漲るエネルギーのようなものを感じます。「地方創生」とかなんとかが言われますが、言われなくったってこうして新しい挑戦が地方からでも興っているんだなと思います。中国・四国地方はまだまだ訪れたことがないところが沢山あります。もっと色んな面白い発見ができればな~というこころで、筆を置きたいと思います。 宮島のスターバックスにて、夕日を眺めながら。 ここをクリックしてホームに戻る

韓国初のシングルモルト スリーソサエティー蒸留所

アジアにおけるウイスキーと言えば、知名度としては日本が誇るサントリーやニッカなどのジャパニーズウイスキーの他、最近では台湾のカヴァランや、生産量では実は世界ナンバーワンともいわれるインドのウイスキー、更にはアジア太平洋という意味では、オーストラリアやタスマニアでも名高いウイスキーが知られています。 そんな中で「韓国」においても最近になってようやく初めてのシングルモルトを目指す蒸留所が誕生しました。2020年6月に設立した「スリーソサエティ蒸留所」です。場所は首都ソウルの近郊にある南楊州(ナムヤンジュ)市というところにあります。ソウルから鉄道で1時間強くらいの距離にあり、最寄駅から少し離れた山の麓に位置します。蒸留所はおおよそ交通の便はどこも不便なところにあるのが一般的かと思うので、ソウルから一時間強であれば都会に近いとも言えるかもしれません。この地が選ばれた理由としては、一年を通して寒暖の差が激しいこと。これにより、スコッチウイスキーが樽の中で熟成するスピードが、寒冷地のスコットランドなどに比べて早くなります。すなわち、スコットランドでは10年以上の長い時間をかけて熟成をしますが、スリーソサエティ蒸留所では半分程度の期間で同じくらいの熟成効果を達成できるそうです。 創業者のブライアンとマスターディスティラーのアンドリュー(http://month.foodbank.co.kr/) さて、何ゆえに今に至って韓国初のウイスキー(もちろんスコッチウイスキー)の蒸留所が出来たのか、という話ですが、創立者のブライアン氏(도정한/ DO BRYAN HAN)は韓国系アメリカ人。元はマイクロソフトに勤務していたITエンジニアだったようです。アメリカの大学を出てから韓国に戻り放送局などでキャリアを積みながら最終的にはマイクロソフトに10年ほど勤務、将来的な展望も十分にある中で、敢えてその職を辞しバーを開店。自宅で自前のクラフトビールを作るくらいにビール好きで、当初はクラフトビールを事業に据え2014年にHand&Malt社を立ち上げました。機械化の進む業界の動きとは逆に手作り感を前面に出す戦略を取り見事に成功。同社は現在OBビールを運営するインベブ傘下のブランドになっています。 初めに手掛けたクラフトビール「ハンド&モルト」(https://www.handandmalt.com/beer/can) さてクラフトビール造りに成功したブライアン氏が次に目を付けたのが「ウイスキー」。当時韓国にはウイスキーを作る蒸留所がありませんでした。しかし、同国ではスコッチウイスキーを筆頭とするプレミアムウイスキーの人気は年々上昇、そこで思い立った疑問は、あの単純な文句です。「なぜに韓国で良いウイスキーを作る蒸留所が無いのか?」 ここまでの歩みは非常に面白く感じます。なぜなら他の国で新興の蒸留所を立ち上げてきた創業者たちの経歴や考え方と共通点が見られるからです。 まず第一に、ウイスキーについて素人である点。これは最近特にこのホームページでもカバーしてきた、北欧の蒸留所などとも共通しているように思えます。つまり、ウイスキーの愛好家ではあるけれども、お酒のビジネスには関わったことが無かったという点です。 次に創業者がIT関係出身であること。この点も興味深いです。スターワード蒸留所(オーストラリア)の創業者も同様でした。IT関係というとソフトの世界であり、ウイスキーはリアルなモノづくりの世界。一見して真逆ののようにも見えますが、新たな境地でチャレンジしようという心構えがあれば道は開けるのだなと思います。 最後の共通点としては当たり前の疑問「なぜ(我々の国には)蒸留所が無いのか?」をリアルに突き詰めていったということ。恐らく、ウイスキーが好きなら少なくとも一度は妄想することでは無いでしょうか?自分のカスクとか、自己流のブレンドとか、誰しも考えてしまう事なのではないかと思います。ですが、ブライアン氏を含めた創業者は、実に真摯にその疑問に向き合い、数々の挑戦(法律的な事柄や、土地の確保など、おおよそお酒造りとは全く関係のないことを含めて)を乗り越え実現してきた。これはとても素晴らしいことだと思います。 また、こうした風潮が地理的な分け隔てはあるにせよ、世界中で拡がりを見せているということも興味深い現象です。スコッチウイスキーのグローカル化とでも言えるのかもしれません。その実、この「スリーソサエティ」というものにはしっかりとした意味があります、これは創業者である部ライン氏の故郷であるアメリカ、そしてスコッチウイスキーの発祥の地であるスコットランド、それらを組み合わせて実現する作り手としての韓国(人)、この三つが融合したものをということだそうです。このコンセプトはブランドのロゴにも明確に表示されています。 スリーソサエティのロゴは三つの文化の融合を意味する。 スコットランドの要素については、スコッチの本場で長年に渡り現場を渡り歩いたエキスパート、アンドリュー・シャンド(Andrew Shand)氏をマスターディスティラーとして招聘しています。シャンド氏はグレンリベットの樽職人としてキャリアをスタートし、その後シーバス社傘下の蒸留所で経験を積んだ後、ニッカ傘下のベンネヴィス蒸留所でマスターディスティラーを努めました。その後、スペイサイド蒸留所に移り、同蒸留所が2011年に他社へ売却されたのを機に退職、ウイスキーコンサルタントとして独立します。スコッチのキャリアを活かしてバーボンの国アメリカのヴァージニア蒸留所やクーパーフォックス蒸留所で本格的なスコッチウイスキー蒸留所の立ち上げをサポート。そして、更なるチャレンジを求めてやってきたのが、まだウイスキーの蒸留所を持たない韓国というワケです。(因みに、韓国とのゆかりについてですが、シャンド氏の奥さんが韓国の方のようです) 最後に気になるのはこの韓国産のウイスキーがいつ飲めるのかということ。スコッチウイスキーは3年熟成が基本なので、計算上は2023年以降になります。ただし、韓国の法律では1年以上の熟成期間を経れば「ウイスキー」を名乗っても良いそうで、年内には早くも1年熟成の商品がリリースされる予定だそうです。 2021.12.22追記:2020年7月にアメリカンオークの樽に詰めて約1年半熟成した韓国産ウイスキーがついにリリースされたようです。その名も「Ki One」(기원:キウォン)。ネーミングの想いは「始まり」と「願い」だとのこと。(漢字の「起源」と「祈願」は両方とも韓国語ではキウォンと発音)フルーティでオーク感のある味わいだということですが、はてさてどこで出会えるのやら。。こちらは限定販売品。スリーソサエティーがターゲットとしている市場には日本も含まれているようなので、近いうちに流入してくるのかもしれません。バーとかよりは、韓国料理屋さんの方が早いかもしれないですね。 蒸留所内部。使用する蒸留器はフォーサイス社製。 レシピ的には1年熟成のモルトウイスキーと、クラフトビールを蒸留したホップ・ウイスキーを混ぜ合わせた後、韓国的な副材料で少し味付けをしたものらしく、いわゆる「フレーバード・ウイスキー」になるのでしょうか。ブライアン氏が語る「韓国らしさ」というのは、余韻が長く残るスパイシーさ。風味はライウイスキーや中国の香辛料のようなものではなく、山椒の実のような風合いをイメージ。それを実現するために発酵の工程を通常よりも長くとるなどの工夫がされています。 昨年6月に生産を開始してから、ニューメークをシェリーやバーボン樽、その他様々なオーク樽で熟成しており、熟成樽の数は既に1000本を超えるとか。その一部はプライベートカスクとして愛好家向けに販売もされ、瞬時に完売したそうです。ウイスキーは熟成期間中の味わいの変化を予測することはとても難しいので、作り手も買い手も冒険というか、ある種の「賭け」に近いところがあると思います。ましてや、新しい蒸留所が作るお酒となれば、全く予測不可能に近いのかと。 因みに「韓国らしさ」の観点でいうと、原料のモルト(発芽大麦)はどこから調達しているかということですが、これは海外から輸入をしているようです。もちろん韓国産の大麦を使ってモルティングできないかということもトライはしてみたようですが、うまくいかなかったようです。ただし、将来的には韓国産の大麦を使ったMADE IN KOREAのウイスキーを作ることを目標としているようで今後が楽しみです。 http://www.threesocieties.co.kr/eng/collection その中で、こうした人気を得ることができるのは、やはり将来への「期待値」なのでしょうか。ましてや、それが自分の国や地域で新しく誕生したものであれば、尚更だと思います。最後にですが、同蒸留所はモルトウイスキーのニューメークをベースにした「庭園」(JUNG ONE)というクラフトジンも生産をしており、こちらのほうは既にリリースされているようです。蒸留所を実際に訪問して見学ツアーに参加した方が、その内容を写真などと共に紹介しているブログ記事などもたくさんネット上に見つけることができます。 その中であるブログでは最後に、「アジアを見れば日本でも出来て、台湾でも出来て、インドでもできることが、韓国だってできないわけがない」という言葉がありました。 まさに、その通りだと思います。もちろん良いウイスキーを作るには、良質な材料や水源などが最低限必要ではありますけど、設備や機器は購入すれば良い、資金もクラウドで集めれば良い、土地や建屋は自分らで何とかする、こうした風に考えていけば、あとは情熱やヤル気さえあれば何だってできてしまうものだとつくづく思います。世界全体が豊かになっていく中で、プレミアムウイスキーの市場は今後も伸びていくことは間違いないと思います。 その中で、愛好家を初めとする消費者がウイスキーに「何を」求めるのか?何が「プレミアム」な価値を生む源泉となるのか?これは色々な考え方や要素が絡まってくるのではないかと思っています。もちろん樽や熟成期間、ブランドイメージなども当然ありますが、背後のストーリーやテロワール、環境への意識などこれまではあまり関心を持たれなかった部分も含めて、ウイスキーの価値創造の可能性は更に拡がっていくのでないかと感じます。 【参考にした記事】(韓国語)→google翻訳にコピペすればだいたい読めます。 韓国最初のシングルモルトウイスキーを夢見て 韓国最初のシングルモルトは2023年に登場? 韓国シングルモルトウイスキー蒸留所スリーソサエティ、ツアー話 失われた国産ウイスキーの華麗なる復活 追記:2021年9月21日付の韓国中央日報日本語版にスリーソサエティの記事が掲載されていました。→「韓国初のシングルモルトウイスキーの味」ちょっと辛口コメントですが、最初はどこもそうでしょうね。何とか乗り切って、まずは韓国のウイスキーファンの皆さんの期待に応えていって欲しいなと願います。

【岡山】Malt Bar Nishimoto(岡山)

スコッチウイスキー好きの皆様には朗報です。岡山にお越しの際は、先ずはこちらのお店Malt Bar NIshimoto(モルトバー・ニシモト)さんにお越しください。ど真ん中ストライクのお店となります。 今回訪問したのは岡山駅の繁華街の少し閑静な所にあるMalt Bar Nishimotoさん。訪問する前にはいつものようにgoogle mapで下調べをしてみたのですが、岡山ということは意外にも(といっては失礼なのですが!)たくさんのウイスキーバーがあるようで、正直かなり迷いました。久々の出張で夜も遅くにつく為落ち着いたところでゆっくり楽しめればという風に思っていたので、写真などのレビューを見ながらオーセンチックでクラシカルな雰囲気のこちらのお店に決めました。ビルの4階で、着いたのは夜も10時くらいだったかと思います。同じ階の並びとかにもバーとか入店されているようでしたが、時節柄か月曜日だったからか、想像したより静かな感じでした。 毎度同じことを語っているのですが、地方にくるとウイスキーがより楽しめます。やはり気持ちに余裕が持てるからだと思います。普段の色々な世話事などから解放されて、何と申しましょうか、宙ぶらりんになった感覚になれるので、コーヒー一杯飲むにもいつもより美味しく感じたりとか。些細な事柄ですが、どれだけ良くできたウイスキーでも、その味わいを感じるのはヒトなわけですから、これはピッチャーとキャッチャーと言いますか、投げ手がいくら良い球を投げても受け手がソワソワしてしっかりと捕球できなければ意味が無いわけで、気持ちの有り様というのはとても大切だと思っています。 とりあえずソーダ割から。お通しの器とか含めてオシャレな感じがステキです。 さて、早々に長々と脱線しましたが、モルトバー・ニシモトさんに戻ります。店は入ってカウンター席が逆L字にあり、恐らく2組か3組入ればかなり一杯かなという感じのコンパクトな店内。カテゴリー的にはシガーも置いてあってオーセンチックバーになるのかと思いますが、マスターの気さくな人柄からかそこまで肩ひじ張らないゆったりとした雰囲気。自分が訪問したときは丁度先客の方が出て行かれた後だったようで、ほぼ貸し切りのような感じでゆっくりと寛ぐことができました。棚を見て驚いたのですが、ボトラーズがズラリ。地方のバーだとやはりウイスキー好きだけに的を絞ると一般の方が楽しめないということで、他のリキュールやウイスキーでもオフィシャルモノを中心に並べるところが多いのかとは思います。(好きな方が来店されれば、それに応じて棚の済とか奥の方から引っ張ってくる感じ)ところが、ニシモトさんの場合は、完全に直球ど真ん中ということで、こういった演出をするお店は久々です。マスターから一杯目を聞かれたときも、正直唖然として声が出ず、とりあえず「ソーダ割りをお願いします。」としか反応できませんでした。準備されている間に、棚をよくよく観察。特にカウンターの真ん中に置かれているボトルが気になりました。 “The Blue Sky Label” by ウイスキー・ラバーズさん 「The Blue Sky Label」という風に書かれているのですが、全く聞いたことがありません。それが5本も並んでいるので、これは何だろうという事でお伺いすると、地元のウイスキー専門酒屋さんである「ウイスキー・ラバーズ」さんがプロデュースしたボトラーズ・ブランドのようです。モットーは「晴れの国、岡山からウイスキーを発信」。中身はそれぞれ違っていて、記憶の限りですが右からエルギン、マノックモア、ダルモア、右の二つは何だったか。よく見ると左から二つ目のボトルには瀬戸大橋が写っています。この中でマノックモアを頂いたのですが、最高でした。マノックモアというのは恐らくあまりオフィシャルでのリリースは少ないかと思うので、自分も特にこれといった印象が無かったのですが、洋ナシ感のようなフルーティさに溢れる味わいで、20年以上の超熟品ではあったのですが全く癖のない滑らかな味わいでした。酒屋さんやモルトバーのプライベートカスクとかは時々聞きますが、オリジナルのブランドを作って「地域おこし」に貢献するというのは粋な企画だと思いました。丁度タイミングが悪くお休みと重なってしまったためウイスキー・ラバーズさんには訪問はできませんでしたが、次回のお楽しみにしておこうと思います。ところで、少し話はそれますが、岡山のウイスキーのご当地ブランドといえば、何と言っても宮下酒造さんが作られているシングルモルト「岡山」が有名かと思います。クラフトビールの「独歩」やジンの生産でも知られており、市内近郊に蒸留所があります。市販されていないシェリー感満載の貴重なボトルがありまして、こちらも少し味見をさせて頂きました。 キルホーマン、マキヤベイとクリスマス限定品のカスクストレングス さて、中四国方面に来ると自分は必ずコレを飲みたくなります。キルホーマンです。自分は仕事の縁もあってこの地域にたびたび来るのですが、ホントに凄いバーがいくつかあります。こちらのブログでも記事を書いたのですが、以前高松のバーを訪問した時にキルホーマンのボトルがずらりと並べてあって、飲んだおいしさが忘れられず、なぜかこちらに来ると無性に飲みたくなってしまいます。(こちら方面にキルホーマンの貴重なボトルが置いてあるのは高松にあるシャムロックさんの影響が大きいのかなと。こうした地方の独自色というのも面白いです。残念ながらシャムロックさんにはまだ訪問できていなのですが。。)キルホーマンが位置するのはスコッチの聖地アイラ島。創業は2005年で、同島では124年ぶりにできた新しい蒸留所です。特徴的なピートの香りでファンも多いアイラ・ウイスキーですが、ビジネス的な観点からみるとほとんどの蒸留所は巨大資本の傘下で運営されているのが実態。その中でキルホーマンは独立資本による経営をしている真の地元企業になります。またピートや磯の香りがフォーカスされるアイラ島にありながら、キルホーマンは大麦の自家栽培にこだわるなど別な角度からアイラのテロワールを表現しようとしています。ピート系のウイスキーではあるのですが、バーボン熟成のインパクトが大きいのか、そこまでアイラ・ピートは感じません。どちらかというと原酒のモルト感のようなものを強く感じてしまいます。カスクストレングスの方は60度くらいの度数がありましたが、味の系統はピッタリくる感じで、より濃厚なマキヤベイといったところ。(そのままですみません汗) アードナムルッカンのシングルモルト 更なる発見はこのホームページでも記事を書いたアードナムルッカンのシングルモルト。自分は宅飲みとかボトル集めとかはせずに、(そんなお金も置き場or隠し場所もないですし)、もっぱらこうしたバーでしか飲まないのですが、そうするとなかなかこうした貴重なボトルに出会える機会は少ないのが実態。書いては見たけど、飲んだことはありません、というのがほとんどだったりします。訪問したバーのマスターのご興味や偶然、タイミングなどが重なって自分が飲みたかったボトルに出会えると言うのは非常にありがたく、嬉しいものです。アードナムルッカンの母体であるアデルフィ社はボトラーズが発祥で、クオリティ重視な印象。一番左が2020年9月リリースで、真ん中が2021年1月、一番右が最新のものらしくどっぷりシェリー熟成のものということです。今回は真ん中のシングルモルトを頂きました。思ったよりあっさりしているというか、もう少しパンチのある味を想像していたのですが、ボディも軽くて滑らか、飲みやすいです。ピートとノンピートのウイスキーをヴァッティングしているようですが、ピート感はほとんど感じませんでした。ハイランド系のピートなんでしょうか。余談ですが、アドナムルッカン蒸留所の設立に当たっては、「先輩」に当たるキルホーマン蒸留所のアンソニー・ウィルス氏らからもアドバイスを受けたそうで、コラボ商品の開発などで協力関係にあるそうです。(ウイスキーマガジン記事より)こうした助け合いの精神というのは、スコッチ業界の良き習慣かなと思います。こちらのバーでも、ウイスキーラバーズさんのような酒販業者や近隣地域のバーのマスターさんらとのお付き合いもあるようで、地域興しやスコッチウイスキーのプロモーションなどをお互いに支えないながら商売をされている姿がとても新鮮に映りました。本場のスコットランドでもウイスキー造りは過疎化の進む辺境の地の地域興しの側面があり、雇用機会を創出して若者の流出を止めたり、ツーリズム(観光業)を盛り上げたり、全体として地域の魅力を高めていこうという機運があるように思えます。中四国で言えば、松井酒造さんの倉吉だとか、桜尾さんの戸河内ウイスキーなどが広く知られていますが、海もあり山もある自然豊かなこの地域で更に独自のウイスキー文化のようなものが醸成されていけば面白いなと思いました。今度また来るのはいつになるか分かりませんが、次回はもう少し余裕をもって来たいですね。ウイスキー・ラバーズさんにもぜひ立ち寄ってみたいと思いました。 岡山駅から歩いて10分から15分くらいと言うとこでしょうか。土地感が無いと少し分かりづらいですが、西川緑道を頼りに歩くと見つけやすいと思いました。 宮下酒造さんのご当地のシングルモルトウイスキー「岡山」 ウイスキー専門販売店のウイスキー・ラバーズさん(訪問はかなわず)

北欧ウイスキーの新たな潮流

北欧のウイスキーが熱い。今、デンマークやスウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどのスカンジナビア諸国、そしてアイスランドを加えた北欧5か国でのシングルモルトウイスキーの新たな蒸留所から本格的なウイスキーがリリースされ始めている。彼らの造るウイスキーはシングルモルトの本家であるスコッチウイスキーの伝統にリスペクトを払いつつも、それを自分らなりに解釈して、自らの住む土地のテロワールであったり、既存の作り方に縛られないイノベーティブなアイデアを元に作り出すウイスキーに特徴がある。まずは地元での愛好家を中心に国内での販売が中心ではあったが、ここにきてヨーロッパやアメリカさらには日本を含むアジアに販路を拡大し、ウイスキー業界に新たな風を起こそうとしている。 スコッチウイスキーの蒸留所造りにとりかかる彼らのアプローチは非常に興味深い。このホームページの中でも取り上げている二つの蒸留所を例にとりあげて紹介したい。まずはデンマークのスタウニング蒸留所。創業者は「ウイスキー業界とは縁もゆかりもなかった9人の愛好家たち」。また、スウェーデンのマックミラ蒸留所の場合は、「大学の同窓生」、こちらもウイスキー好きのグループの集まりというだけで、業界経験者と言う訳ではなかった。スコッチの本場でもウイスキー好きが高じて蒸留所造りを始めたというポート・オブ・リース蒸留所のような事例もあるが、まったくのド素人がウイスキーの蒸留所を一から始めて運営することが難しいのは想像に難くない。まずは既存のスコッチだけでも何百と言う蒸留所が存在するのに加えて、新興勢にとっての試練は「資金」。蒸留所を作るためのお金だけでなく、スコッチであれば最低3年は熟成期間が必要となり、生産を開始してもすぐには商品化できない(しかも、熟成を経て生まれる味がどのようなものになるかは神のみぞ知る!である)。余市や宮城狭で知られるニッカウヰスキーも名前の由来は「大日本果汁株式会社」というように設立当初はリンゴジュースを作っていた。現在でも新興蒸留所の多くはジンなどのスピリッツから販売を始めて少しでもキャッシュを作ろうという試みも見られる。資金面の問題をクリアしても、実際に作ったウイスキーが商売になるのかは未知の世界。長年の伝統と豊富な経験、更には大型資本による規模の拡大により益々競争が激しいウイスキー業界で新興勢が生き残っていくのは至難の業。新たなウイスキー造りを開始するに当たっては、ある程度の「経験」や「ノウハウ」を会得したベテランなどが創業チームに加わることも多い。その中で、スタウニング蒸留所やマックミラ蒸留所の創業メンバーに共通した勝算は北欧の「自然」であり固有の「テロワール」であった。 “その時に自然と、「なぜスウェーデンにはウイスキーを造る蒸留所が無いのか?」という疑問が起こった。確かに、その通りであった。自然豊かなスウェーデンには良質の水源もあるし、大麦もある、樽づくりに欠かせないオークの木もあるのだ。” ウイスキー造りに必要な材料は三つだけ。穀物(大麦)、水、酵母。穀物に関しては本場のスコットランドでも実はフランスなどの穀倉地から輸入することも多く、酵母に関してもウイスキー熟成に最適化したウイスキー酵母が用いられることが一般的で天然酵母などが用いられることもあるが生産効率などを考えると大量生産には向かないため、一部のクラフトウイスキーや少量生産のバッヂ向けを除いては主流ではない。こうして考えると、残るは「水」ということであるが、自然豊かな北欧の地において良質の水が得られることは疑いようのないことである。すなわち、ウイスキー生産に必要な要素は既に全て揃っているワケで、「なぜ北欧の地にウイスキーを造る蒸留所が無いのか?」という疑問に至るのは当然であった。彼らのその問いに答えることを目標として、まずはスコッチウイスキーの作り方を現地見学やテキストなどから学び、その上で「北欧らしさ」を加えて新たな付加価値を付けた商品提案をしている。 「北欧らしさ」というのは単に大麦などの穀物を現地調達することにとどまらない。その生産工程においても北欧らしいイノベーティブなアイディアに満ちている。スコッチの伝統とローカルな要素をブレンドした取り組みとしては、特に原料のモルティング・プロセスが面白い。発芽した麦芽を乾燥させるときに加熱をするのだが、アイラなどのスコッチでは、ピート(泥炭)が使われており特徴的な香りで知られている。この時に、ローカルなピートを使うだけでなく、例えばアイスランドのアイムヴァーク蒸留所では昔から燃料として使われている「羊の糞」を使用してあり、スウェーデンのマックミラ蒸留所では当地のジュニパーベリーを合わせて焚いたりして新たなフレーバーを探求している。原料についても、スコットランドやアイルランドなどの欧州は製法に違いがあるものの「モルトウイスキー」が主流であるが、ライ麦を原料とする「ライウイスキー」やモルトとライのブレンドウイスキーを作ったり、熟成樽も多様な材料の樽や産地のものを取り入れたりと、既存の製法の枠に囚われない自由なアプローチが特徴である。ライ麦ウイスキーでいえば、フィンランドのキュロ蒸留所が作る100%フィンランドライ麦を使用したライウイスキーが最近注目をされている。IWSC2020に金賞を受賞し、日本にも入荷されて始めている。このホームページではまだ取り上げてはいないが、ゆくゆくは調べてみたい。自由なアプローチという意味では、マックミラが最も面白い。ブレンドウイスキーのレシピ選定にAIを活用した入り、日本のお茶を使って樽をシーズニングしてみたりと、既存のウイスキー造りでは考えられなかったようなチャレンジングな商品が定期的にリリースされている。ウイスキー造りの歴史が始まったばかりの北欧では、伝統的なウイスキー造りの枠に固執することなく、新しいウイスキーの楽しみ方を積極的に開拓していこうとする姿がみられる。 リカーズ長谷川本店様にて ストックホルム蒸留所ブランネリ(ドライジン) 北欧は豊かな自然だけでなく、シンプルでイノベーティブなクリエイティビティの高さにおいて産業面では既にそのブランド価値を確立している。長い冬を自宅で過ごすことが多いためか、特に家具やインテリアなど良く知られているように思う。アラビアやイッタラ、マリメッコなど(全部フィンランドですが)は好きな方も多いのではないか。北欧諸国には自分も何度か足を運んだことがある。ヘルシンキなどの街を歩いていると、外見は西欧などの華やかさはなく地味なものが多いが、建物の中に入るとカラフルなインテリアなどになっていたりしてそのコントラストが非常に面白いと感じたい。そのデザインも、明るい色が多く使われていても「派手さ」というよりは、むしろ「温もり」のようなものが感じられた。残念ながら冬季には一度も訪問はしたことがないのだが、恐らくそうした時期に訪れればより一層その温もりが増すのかなと感じたものだ。こうした北欧らしさ(もちろん国によって違いはあるだろうけど)が根付く場所に生まれるウイスキーも、派手さは無くとも確かな個性のあるブランドを確立していくのではないかと思っている。また、北欧らしいイノベーティブな発想を活かして、クリエイティブな商品が今後も出てくることは間違いない。それは造り方だけではなく、商品の見せ方であったり、どのように楽しむか、ということにおいても新たな視点を提供しウイスキー全体の知名度と親近性を更に高めていくのではないか、そしてゆくゆくは「北欧ウイスキー」という地場を作り出しているのではないだろうか。スコッチウイスキーの楽しみ方をマスターしていく中で、機会があればぜひ北欧ウイスキーもご賞味いただきたい。 画像クリックでトップページに戻ります。

ビースポークン・スピリッツ

如何にもアメリカ的なアプローチという感じではある。何の話かというとデータサイエンスを駆使してウイスキーを造ろうという、いわばウイスキー錬金術のような話。出所はベンチャー企業の聖地シリコンバレー。3億円の資金を集めて創業。目指すものは「サービスとしての熟成処理」(Maturation-As-a Service)、それがこの「ビースポークン・スピリッツ(Bespoken Spirits)」。(会社の名前であると同時にブランド名でもあるようだ) ところで、”Bespoken”とはbespeakの過去分詞形。意味は「予言する」。要するに予言されたお酒、という意味。これは何かと言うと、伝統的なウイスキーは長期間(スコッチの場合は最低でも3年)オーク樽の中で熟成をさせるわけだが、この期間に起こることはある意味「神頼み」、要は自然任せ。しかも「エンジェルシェア(天使の分け前)」分だけ、原酒は貯蔵期間中に水分とアルコール分が揮発し中身が減り続けていく。ただ、その間に荒々しい原酒の味がまろやかに仕上がったりしていく訳で、このプロセスはただの「時間の無駄」というよりは、ウイスキー好きなら誰しもが「崇高な待ち時間」と捉えるているだろう。結果的には望んだ味わいにならないことも勿論あるが、これも神の思し召しとして潔く受け止めるしかない。この労力こそが、ウイスキーの素晴らしい味わいの源泉となっていることを否定するものは、いない、はず、、、なのだが、である。 それを「無駄」と捉え、現代のテクノロジーとデータサイエンスを駆使して、「熟成」プロセスを解体し、再構築する動きこそが、このBespoken SpiritsのACTivationプロセスなのである。すなわち、ウイスキーのA(アロマ)、C(カラー)、T(テイスト)を制御して、自分たちが望む味を科学的に作り出す技術である。これにより、時には数十年にも及ぶ熟成プロセスも、数日単位に大幅短縮され、その間にかかりうる「エネルギー」や「労力」またエンジェルシェアによる原酒の「ロス」も大幅に削減が可能。こうしてエコロジカルで、且つ、エコノミカルなウイスキーが出来上がるというワケ。 すでにいくつかのラインアップがアメリカではリリースされている。ウイスキー評論家などの間では辛口コメントもあるものの、世界的に著名なウイスキーのコンペであるサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SWSC)の直近2021年の大会において、ライ・ウイスキーのカテゴリーで金賞を獲得、その他のカテゴリーでもいくつかの賞を受賞するなど確実に実績を上げてきている。もちろん、ライ・ウイスキーやコーン・ウイスキー(バーボン)などのいわゆるグレーン・ウイスキーはモルトに比べて長期熟成はしないと思うので、その辺りは差し引いて置かねばならないのかもしれない。長期の樽熟成といえばスコッチを代表とするシングルモルト。今後はこのジャンルでどれだけの成果を残せるかがカギにはなるのだろう。ただ、とりあえずは「科学的な精製」により、美味しいウイスキーが出来たという事実は評価されねばらない。いずれにせよ、今後の挑戦はこれからも様々な議論を投げかけていくような気がする。 このビースポークン・スピリッツの取り組みについて、個人的に注目したいのは「エコロジカル」な視点。つまり、作業ロスの少ないウイスキー造り、という視点である。この問題意識は恐らくスコッチをはじめとするウイスキー造りにはあまりなかった考え方であるように思う。最近でこそ新興の蒸留所を中心として、環境に配慮したウイスキー造りというものが様々なステージで実践されてきている。例えばオーク樽についていえば森林資源の保護であったり、大麦であればローカルで無農薬な栽培であったり、また蒸留所のエネルギーについてもバイオマス発電を使ったり、といった動きである。しかしながら、根本的にウイスキー造りというのは相当なエネルギーを実は消費しているのでないかというのも事実であると思う。樽の出所については、確かにそれは何度も使い回しはするけれども、森林資源を消費し、様々なフレーバーを作り出すために多種多様な樽を世界中から買い付けることもある(輸送コスト)。熟成のための保管ということでいえば、自然の為せる技とはいえエンジェルシェアによるロスもさることながら、長期保管をしなければならないという保管コストもかかる。こうしたコストというのは熟成によって得られる価値への対価として消費する側に転嫁されうのだが、その過程でコストを上回る付加価値が着くのであれば消費者は喜んでその対価を払うわけで、ウイスキー業界はこのようにして経済的には着地点を見出してきたともいえる。ただし、環境への負荷や原料ロスの発生という現象そのものは現状の製法では避けて通れない。こうした観点において、樽での熟成をせずにステンレスタンクの中に原酒を入れて、必要な樽の成分片を投入し、あとは機械的な処理で条件設定をして促進試験のようにコマ送りで熟成を達成するというのは画期的なアイデアである。(なお、こうした加速度的な熟成により超早熟のウイスキーを造ろうとする蒸留所はビースポークンだけではないことを断っておく)新たなフレーバーを開発するのにも、多くの試行錯誤をせずに少量の資源(原酒)を以て、それを無駄なく完成品にまで仕立て上げることができる。これは、単なる伝統に対するチャレンジということではなく、さらにより多くのポジティブな可能性をもたらすものではないか。 更には次のような応用も考えられるという。今回のコロナ禍において、クラフトビールを作る醸造所で大量のビールが販売機会を失い、期限切れの売れ残り在庫を抱えてしまった。普通なら廃棄をせざる得ないところである。頭を抱えた醸造所の中には、売れ残りビールを蒸留してウイスキーにしようということも考えたが、こうした間に合わせの試みは多くのの場合うまくはいかない。そこにビースポークン・スピリッツのACTivationプロセスが登場するのだという。このプロセスを使うことにより、少量のバッヂで様々な試作も可能であるだろうし、最適解が分かれば後はそのレシピ通りに大量生産をするだけ。本来は廃棄されてであろう「期限切れの商品」が再度「ウイスキー」として復活する、資源のリサイクルならぬ「アップサイクル」(付加価値を付けたリサイクル)が可能になるという。 この他にも、バーやレストンランが個別にカスタマイズをしたウイスキーを欲しいと思った場合。恐らく通常なら高いお金を出してプライベートカスクのようなものを蒸留所に頼むなどしかないだろうが、ビースポークン・スピリッツであればイメージするウイスキー通りのものがACTivationプロセスにより出来上がる。しかもお手頃な価格で。顧客の好みをヒアリングして、レシピとマッチングすることで自由自在な対応が可能となる。つまり、有るものの中から受動的に選択するのではなく、より積極的に自らが望むフレーバーや味わいといったものを、顧客の側が主張するこができる、というもので、これまでのウイスキー業界の慣習とは全く違う世界感といって良いのかもしれない。 ビースポークン・スピリッツが最終的にどこを目指そうとしているのかは分からないが、伝統的なスコッチなどの蒸留所と対立するものではなく、ウイスキーをより多くの消費者に楽しんでもらうための新たな視点をもった協業者として、業界的な認知が広がっていってほしいと思う。スコッチのシングルモルトの世界というのは、日本酒やワイン、ビールなどの醸造酒の世界に比べれば、ごく少数のニッチな世界であることは否めない。巷ではせいぜいブレンドのハイボールが良いところではないか。他の記事でも紹介しているスウェーデン(マックミラ蒸留所)やオーストラリア(スターワード蒸留所)、デンマーク(スタウニング蒸留所)などの取り組みで共通するのは、ウイスキーを如何に消費者に近づけることができるか、というテーマがあった。この一つとして、ビースポークン・スピリッツがウイスキーのいわばエンタメ的要素として今後も注目されていくことに期待をしている。

【静岡】バー寿美(静岡)

今回は久しぶりの出張ということで静岡に来訪。ここはもともと徳川家康の居城である駿府城があったところ。それがなんで「静岡」という名前になったかというと明治維新の後の廃藩置県のころに名称を一新するということで市内の真ん中、浅間神社の裏手にある「賤機山(しずはたやま)」から名前をとり「静岡」となったそう。個人的には無味乾燥としたネーミングだなあ、と思うけれども当時の新政権からすれば「駿府」などというのは忌々しい旧政権を連想させるということだったのかもしれない。そんな訳であるけれども、この静岡県というのも奇妙な県で、伊豆、駿河、遠江の3国を合体したような造り。西の三島・沼津、富士、そして中の静岡、東の浜松は東海道にあるということを除いてはかなりカラーが違うということで、歴史の流れから考えるとかなりムリがあるような気もするけれども、そもそも明治維新とはその「断絶」と「刷新」が大元にある訳で致し方ないところか。 さて、歴史の議論はこれくらいにして。とりあえず静岡である。実はこの静岡(静岡市)というのは、経緯は別にして、とても良いところである。何が良いか?それは海と山と平野が1式揃っている、これに尽きる。自然と都会がコンパクトにまとまっていて、そのど真ん中を交通の大動脈が走っている。西(名古屋・関西)に行くにも、東(東京)に行くにもとにかく便利。ただしリニアを建設している中央アルプスだけは如何ともしがたく、北隣にある信州に行くにはどちらか迂回をしないといけないため不便ではある。ただし、恐らくスキー場を除いてはだいたいのものは揃っている気はする。 さて、何の話かというとモルトバー巡りの話ということで、この辺で切り替えます。静岡駅に降り立ち目指す場所は一つ、それは「BLUE LABEL」という老舗バーが目的でした。場所は既にgooglemapに登録済みであったので、さほど迷うことなく到着、なんですが空いていません。それも無理のない話でまだ時間は18時過ぎ。ならば、なぜに事前に電話するなり調べておかないんだ!ということですが、自分はこうした運命に身を任せるすごろく的な感覚が好きで、出た目の数であきらめる?!のが信条故。とにかく空いて無いのでどうしようもない。ただ、こちらは日帰りでしかも帰りの切符もすでに買ってしまっている放浪の身。どうしようかと少し通りを歩いていると、何やらすでに営業されている看板を雑居ビルの奥に発見しました。 店の外の看板からしていかにも昭和のノスタルジックな感じが良いです。スコッチウイスキーが目当てではるのですが、他を探す時間ももったいないので入口で即決。恐る恐る扉を開けましたら、予想通りというか、看板の感じのままに30年くらい時間を遡ったような空間が展開しておりました。(決して悪い意味ではありません、自分は昭和の純喫茶など含めてこうしたノスタルジックの空間は大好きなのです。)そして、棚にはずらりとジャパニーズウイスキーが。スコッチもバーボンもなく、ただサントリーのウイスキーが鎮座しております。さすがです。そして、カウンターにいらっしゃったママさんはなんとこの道50年以上のベテラン。早速ビールを注文して先ずは乾杯。突き出しがいくつか出てきまして、これまた絶品の数々。モルトバーでは中々味わうことができないおふくろの味です。また一つ一つの小皿も洒落ています。(特に高価だというワケではなく、一つ一つがうまく料理とマッチングしているという意味です。こうした境地はそうそう簡単に立てるものでは無いと思います。)近頃は洒落たバーで、料理も酒を皿も色々垢ぬけたところはいくらでもあるような気がしますが、なんでもお金をつぎ込めば良いというものでもない。バランスというものがあると思うんです。そうした全体のバランスというのがやっぱり日本的な感性の為せる技かと思っていて、ただ高級な食材を高価な皿にのっけて、高額のレシートを用意すれば良いものでは無いと思うんです。(また脱線。閑話休題)   さて、そういう訳でビールの後にはサントリーのウイスキー。「ロイヤル」です。実は初めて飲みます。初めてなので、ストレートで。これはいわゆるジャパニーズブレンドということです。というかサントリーブレンドとでも言うべきでしょうか、山崎とか白州とか、知多とか、サントリーさんの蒸留所のウイスキーを混ぜ合わせたものという認識です。(すみません、「ジャパニーズ・ウイスキー」はあまり知見が無くて、その程度の認識しか持ち合わせが無いのです。ホームページも見てみましたが、あまり詳しく混合率がどうだとかは書かれていませんでした。)初めて飲んでみて思ったのは、「奥ゆかしい味わい」。重厚感のあるボトルとかなりうまい具合にマッチングしています。なんとなくスコッチ風の荒々しさも感じはするのですが、とてもバランス良くできている。さすがに、これが世界に名高いジャパニーズ・ウイスキーというワケで、とても納得。ストレートでなくても、ロックとかでも十分に楽しめそうです。 次に頼んだのが、「碧(Ao)」。これはワールドウイスキーというカテゴリーで、要するに世界五大ウイスキーと言われるスコッチやバーボンなどをミックスしたブレンドウイスキー。こちらの方は青々としたボトルの感じもそうなのですが、若者向けと言うか、少し若々しさを感じさせるフレッシュでフルーティな味わい。ストレートも良いけど、ロックやハイボールなんかでも良いかもしれません。スーパーとかでもたまに置いてあるのを見ますが、普通のブレンドウイスキー(1000円~2000円/ボトルくらいのもの)に比べるとお値段相応のクオリティがあるように感じました。 久しぶりのバーで飲むウイスキーと、美味しい突き出しを十分に堪能。古きノスタルジックな空間も最高です。最後にはそうめんまで出てきてお腹も満たされました。モルトバーでは中々味わえない高級居酒屋のような手料理の数々。朝採れのお野菜なども頂きました。なんとも贅沢です。時折、古いダイヤル回転式の電話が「ジリジリ」とけたたましい音を立てて店の中に鳴り響きます。お話を伺っているとかつては国会議員や県知事の方も通われたのだとか。時代の流れとともに、以前の常連さんも引退されたり故郷に帰ったりで、さすがに今も通われている人は少なくなっているのだとか。それでもママさんはしっかりとドレスアップしてシャンとカウンターに立っています。やはり最後には女の人が強いということなのでしょう。途中で中学の同級生だという知人の方が来店され、仲睦まじく話をしておられました。こういう友情関係というのは見ていてもうらやましいです。 古いバーとは良いものです。新しいものは作れますが、古いものは作れません。店の中に染み付く時の流れの刻印は、何を語らなくてもしっかりと感じることができます。それは長い期間、じっくりと樽の中で寝かせたウイスキーの味わいと激しく共鳴します。奥行きがあり、深く、複雑な余韻を残す、静かにそこに佇むだけで、あるいはゆっくりと味わうごとに、何か遠い昔に帰っていくような、そんな気さえしてきます。そんな何とも言えない心地に浸りながら、ハッと時計を見たらもう帰りの時間が。ようやく周りの店も少し賑わい始めてきたところでしたかが、致し方ありません。恐縮にもビルの表まで案内をして頂き感謝しかありませんでした。どうか長くお元気でいらしてください!そしてまた美味しい料理を食べにお伺いしたいです。

「くればわかる」(新宿ゴールデン街)

今回は少し番外的な話になりますが、新宿ゴールデン街と、その中の素敵なお店「くればわかる」さんのことについて感謝の気持ちを込めて!書きたいと思います。 まず、新宿のゴールデン街について最初に説明をさせてください。ご存じの方も多いかと思いますが、新宿ゴールデン街は新宿歌舞伎町の一角にある木造長屋の飲み屋街。2000坪(サッカー場くらい)の大きさの区画に一説には280軒ものお店が密集した、ディープでノスタルジックな空間です。 また、場所柄もあるそうですがここの界隈は文芸・音楽・舞台関係の方が昔から多いそうで、「文壇バー」のようなところもあったりするそうです。サラリーマン生活をしている自分から見ると、普段は接することの無い方も多く、お酒目当てよりも色んな方の「話」を聴くのが楽しみで来ているという感じでしょうか。 そんな訳もあって、常に違う店を回り歩くと言うのが自分の信条なのですが、とっても印象に残ったお店もあって、ついつい足が戻ってしまったお店が数件だけあります。「くればわかる」さんもそのうちの一つです。 「くればわかる」なんてチャーミングな名前をどうやって考えられたのかはいつかお伺いしたいところですが、奄美ご出身の親子(母娘)さんが経営されています。同じ建屋の1階と2階にお店があり、現在は2階だけで営業をされています。お店は奄美のお酒や九州の焼酎、ウイスキーもスコッチがいくつか置いてあり良心的な価格設定です。 ゴールデン街のお店はどこも個性的なお店が多いです。それはお店の中に置いてあるお酒や料理であることももちろんありますが、特に自分が惹きつけられるのがお店の方とお客さんが作り出すその時々の雰囲気です。カウンターに立たれている方も日替わりだったりするお店も多く、お客さんも何店舗が界隈で梯子をされる方も多いので、お店の中の様子も凄くめまぐるしく変わります。ある時は結構盛り上がったりしたかと思えば、次にはガラッとゆったりした時間が流れたり、お客さんも(時には店の方も)入れ替わりがあるので見てるだけでも楽しいです。 また、基本は独りで来られる方が割合に多いので、見ず知らずの人同士の会話を楽しめるというのも自分は好きです。誰の紹介でもなく初対面の人と気軽に話をする機会というのがあまり無いので、一人でも気軽に呑めるという意味でもこの街が面白いなと思います。その上で、やはりお店の方の切り盛りというか采配というか、これは重要な要素だと思います。これも各店舗さんで様々で、どういったスタイルが一番良いと思うかは人それぞれだと思いますが、自分は「くればわかる」さんに一番「温もり」を感じました。また、こちらの母娘さんがとても素敵な方でで、掛け合いが見てていつも楽しいです。(あまりにもの居心地の良さに前回訪問時は完全に酔っぱらってしまいました。その節は大変に失礼をいたしました!) こういう表現が適切か分かりませんが、何となく小学校のときの「放課後の教室」的な空気感とでも言いましょうか。。 現在は時節柄、大変な時期ではあります。でも、こうした大変な時期だからこそ、お店とお客さん(特に常連さん)の関係、つまりお客さんに愉しんでもらいたいというお店側の気持ちと、また頑張っているお店を応援したいという常連の方の気持ち、この両者の「支え合い」の中で経済を回している。また、新米の客にも店側と常連さんの両方が迎えいれてくれるような独特の雰囲気。こうした空間は独りフラフラするのが好きな自分のような人間には最高の「癒し」の場でしかありません。 恐らくこの界隈を歩けば、確実にどこか、自分の居場所みたいなものを見つけることができると思います。それくらいに色んなスタイルと言うかバリエーションがあります。一時期は外国からの観光客が大挙して押し寄せたこともありましたが、今はやはり静か、逆に言えば落ち着いています。また、昔は不夜城のような場所で、早い時間に開けている店も少なかったですが、今はランチ営業などもされている店もあるようです。そういった意味で、この界隈での楽しみ方も多様化しているのかとも思います。今の状況が改善して新宿に立ち寄る機会があれば、ぜひゴールデン街に、そして「くればわかる」さんに、足を運んでみて欲しいと思います。必ず、くればわかります! ところで、奄美の黒糖焼酎について少しだけ最後に。(そもそも奄美ってどこ?って言う方は先にgoogle map で検索ください。簡単にいうと、九州と沖縄の間です。)奄美諸島というのは古くから「さとうきび」が名産らしく、糖分あるところにアルコールあり、と言うわけで黒糖と米麴を原料にしてできたのが黒糖焼酎、分類としては「本格焼酎」になりますが、あまり全国的な地名度は高くないような気がします。「泡盛」や「ラム酒」などとも比較されることがありますが、とにかく黒砂糖をそのまま使っているところが大きな違いかと思います。(ラム酒は廃蜜という「搾りかす」を使います)くればさんで取り扱っているのはその中でも奄美大島の町田酒造さんというところが作っている「里の曙」(通称:さとあけ)。黄色いボトルが特徴的です。1階のお店は今は残念ながら営業されていないのですが、棚が黄色いボトルで一杯だそうです。まさに「奄美愛」。ですが、味わいはというと、奄美と言うよりキリっと引き締まった感じです。この他にも、同酒造のラインアップにはウイスキーのようにオーク樽で熟成させたボトルもあるそうで、アメリカのスピリッツコンテストで賞を取るなど海外でも注目されているようです。最近は焼酎も色々な銘柄が出て来て楽しいですが、「黒糖焼酎」はなかなかお目にかかることが無いと思うので、何を飲もうか迷ったらまずは「さとあけ!」と頼んでみましょう!

【島根】Kagoya Bar(松江)

㊗47都道府県制覇記念 47都道府県巡り?というのをやっていたのかどうかは定かではなが、今回の島根県訪問でついに制覇。その記念にと訪れたのがこちらのバー。 全都道府県制覇、というのが頭にチラついて来たのは、ラスト3つくらいかな、ということに気づいたころからだった。45番目は沖縄、46番目は熊本であった。 自分はあまり暑い場所には興味が無くて、どちらかというと雪深くて寒い地方への憧れが子供の頃からずっとあった。そのために北海道や東北、甲信北陸などといった地方はかなり早い時期に制覇した気がする。昔は結構「乗り鉄」で青春切符を駆使して色々と当てもなく、ただ電車に「乗る」ために周遊を繰り返した。 今となっては、JRも新幹線の延伸が進み、並走する在来線が第三セクターなどに移管されて鉄道網が細切れとなってしまったため、青春切符での周遊はめっきりご無沙汰になってしまった。昔と違って、「鉄道」というもの利便性が、特に日本では「通勤」と「通学」というものに集約されて来たような気がするが、とてもなんだか寂しさを感じている。 「鉄道」というものは、そもそもは陸の王者であり、産業や国土開発、更には重要な平坦線として非常に重要な役割を果たしていた。海外では未だに、そのような目的で活躍しているところもあるが、今の日本は道路網の整備やもびもは陸の王者であり、産業や国土開発、更には重要な兵站線として非常に重要な役割を果たしていた。海外では未だに、そのような目的で活躍しているところもあるが、島国の日本では道路網の整備やモータリゼーションで鉄道の役割は都市を除いて衰退した気がする。 話が脱線したが、実は最後の島根訪問ということでこの話はしておきたかった。というのは、結局のところ島根が「最後に」残ってしまった理由というのは、やはり交通の便というものが大きく関与しているからだ。当たり前の話ではあるが、交通の便が不便というのは理由がある。便の良いところには人が集まるし、不便であれば人は離れていく。人が集まれば、さらに利便性は良くなるし、離れればさらに交通網の維持をする必要が難しくなる。 そういった意味では、島根県はまさに「不便な場所」である。新幹線も通ってないし、高速道路も細切れの状態。そしていわゆる東海道山陽地区とは中国山脈で隔たれている。まさに「陸の孤島」と化していると言えるかもしれない。 ところが、である。 上の図は江戸時代中期から明治時代くらい、すなわち鉄道網が全国に発達するまでの間(恐らく200年くらい)、交易の「幹線網」として活躍した北前船の航路と寄港地を示したものである。鉄道や車が出来る前というのは物資の輸送において大量の物が一度に運べる「海運」の役割はとても重要で、現代なら空路、鉄道、道路、などいくらでも便利な代替手段はあるだろうが、当時は「船」が王者だったのだ。 寄港地の場所から明らかなように、今でこそ日本海側というのは不便なイメージがあるが、江戸~明治期は海運の幹線に沿って荷下ろしや風待ちに使われる寄港地は「繁栄」していた。島根県は江戸時代の国の名前いうと、東部が出雲、西部が石見になるが、「美保関」や「鷺浦」には往時を偲ぶ街並みが今でもそのままに残っている。建物や店の名前などにもその名残があって、例えば鷺浦にあるカフェ「しわく屋」さんは、四国丸亀の塩飽諸島出身の船乗りの定宿だったそうだ。 美保関の石畳 鷺浦の街並み(sukima.com) つまり、島根県と言う場所は、今でこそ時代の流れによって現代の交通の幹線網から離れた「奥地」となってしまったが、昔は交通幹線の中にあって繁栄をしていた時代もあったこと。これをまずは頭に入れた上で、この島根県の県都である「松江」の話をしたい。 「水都」、松江の図。 松江とは何か?この答は「水都」ということに尽きると思う。実際にこの地を訪れるまで、自分はこのことについて全く意識が回らなかった。恐らく日本地図で見る中国山脈の「山」のイメージがありすぎたのかもしれない。しかし、これだけはハッキリと言いたい。「松江」に山は無い。あるのは「水」である。すなわち、「宍道湖(しんじこ)」と「大橋川」がそれである。 今回訪問したBar Kagoyaさんも大橋川の川沿いに位置。松江は城下町で、繁華街はお城寄り(要は昔の遊郭)の「東本町」と、駅寄りの「伊勢宮町」の二つがメイン。簡単に言うと、「東本町」が格式高めで、「伊勢宮町」はワイワイ・タイプということだそうだ。 Kagoyaさんは東本町の中心通りから少し離れた路地裏という隠れ家的な場所で、夜も更けた時間帯は静かな水辺のひっそりとした佇まいという感じであった。 目の前には大橋川が流れる お店は入ってすぐのカウンター席と、窓辺のテーブル席があり、一人でもカップルやグループでも入りやすい感じのカジュアルバー。店内は落ち着いたシックな雰囲気で、棚に並んだウイスキーの他、各種カクテルやフードメニューなどもあった。 オーナーさんはとても物腰の柔らかい方でフレンドリー。松江のご出身ということで、他県で修行された後に故郷に戻ってきたとのこと。店舗は元々は雑貨屋さんだったようで、店内もいわゆるウイスキーバー的な長細い空間にカウンターという感じではなく、席も広く取られているので比較的広々としたスペースで十分なゆとりを感じた。 スコッチウイスキーの品揃えということでは、ベーシックなオフィシャルが中心。さすがにマニアックなものはニーズがそれほどないらしく、これは致し方ないところ。それでもこうした静かな路地裏の落ち着いた空間で楽しむウイスキーというのは同じものでも、せせこましい都会の喧騒なバーで飲むのとは違う格別な味わいになるというもの。良いお酒はあくまで「五感で楽しむ」ものなので、その場の雰囲気でも味わいの印象は全く異なってくる。素敵な空間を提供してくれるバーというのは、大変に貴重だと思う。 今回頂いた銘柄は二つ。一つ目は、スコッチブレンドの「ベル」。この「ベル」(BELL)という名前に肖って、向こうでは結婚祝いにも贈られたりするそうだ。(少し前まではイギリスで最も人気なブレンドウイスキーであったが、今はその座を「フェイマス・グラウス」に譲っているそうだが、、)何となくフルーティで軽い味わいがするものだというイメージがあったが、今回初めて飲んで思ったのはかなりスモーキーでハード、意外にもどっしりした重量感のある味わいにびっくり。キーモルトはハイランドのブレアソール蒸留所ということであるが、シングルモルトとしての流通量が少なく正直ほとんどイメージがない。いずれにせよ、スペイサイド的なフルーティ感とは違った、男っぽい味わいといったところか。 二つ目はアードナムルッカン。これは、プレミアムなシングルカスクウイスキーを出すことで有名なボトラーズのアデルフィ社が新たに建造したアードナムルッカン蒸留所のシングルモルト。ただし、まだ3年の熟成を経ていない時期のもので、正確にはまだスコッチウイスキーと呼べない。ただし、このアデルフィ社は上質な樽熟成が特徴で、3年の熟成を経ていないにも関わらず樽の質感を十分に感じる。アードナムルッカンは2019年よりシングルモルトをリリースしており大変に興味はあるのだが、残念ながら未だにその幸運には出会えていない。 Ardnamurchan 2017 AD 47都道府県制覇の記念ということで訪問した今回のバーは、「リバーサイド」にある素敵な場所だった。次回来るときはもう少し明るい時間帯にお店のテラス席に座って、ゆっくりとした大橋川の流れを見ながらスコッチを一杯してみたい。滞在中は雨が降ったりやんだりのどんよりした天気ではあったが、それ故に立ち込める山の雲と宍道湖の水辺がとても幻想的な雰囲気を醸し出していた。 昼間に立ち寄った宍道湖畔のカフェ 宍道湖と船と雲 川を望む絶景のテラス席 バーカウンターと店内の様子

【香川】A’s(高松)

またやって来ました。用事があるのはいつも対岸の岡山なのですが、最近はこの高松がマイブームなのです。なぜなのか?なんとなく都会からきっぱりと「離れた」気持ちになれる、からでしょうか。新幹線が通っているところは、駅に「東京行き」とか「大阪行き」とか視界に入ってきます。その瞬間に現実がまた戻ってくる感覚になります。また、新幹線という大動脈があると、人の流れも当然にあります。駅近くで飲んでいると、隣に座っている人と出身が同じってことも結構ザラにあります。「高松」という都市は、比較的容易にその動脈から「脱線」できて、でもそこまで田舎風ということでもなく、バー巡りを楽しめる繁華街もあります。なので、本当に最近は一押しの場所です。 その玄関口となるのがJR四国の高松駅。今では数少ない「ターミナル駅」(終着駅)です。関西で言うと阪急の梅田、東京だと昔の東急渋谷的な感じでしょうか。要は線路がそこで終わるところ、そしてまた、これを始点として同じ四国内の徳島や松山、さらには瀬戸大橋を渡った岡山に行く電車の始発駅となります。(夜にはサンライズ瀬戸という夜行列車が1便東京に向けて出ています。鉄道ファンには人気の列車です。)さて、駅を降りると大きな広場があり、近未来的というかモダンな建物群が目の前に展開します。ちょっとした飲み屋街も右手にあります。ここで注意したいのは、この界隈が高松の中心ではないことです。繁華街は「古馬場町(ふるばばちょう)」と言いまして、駅から南東の方角にあります。空港からのバスや琴電というローカル電車でいうと「瓦町」という駅を降りた正面に広がります。アーケード街が縦横に走り、その隙間の横道に飲食店などが立ち並びます。規模は大きくありませんが、小さく密集しているので、街歩きには非常に都合の良い大きさです。 今回お邪魔した「A’s(エース)」さんは、その瓦町のバスターミナルから歩いて数分の場所。夕方に高松に着いたのですが、日帰りの予定であったので長居ができませんでした。まだお店はどこも開店前のような感じでどこも営業しておらず、困り果ててアーケードの酒屋さんに立ち寄り、ダメ元でどこか早く開けているお店(バー)をご存知ないか伺ったところご紹介頂いたのが今回のエースさんになります。(買い物もせずご親切にありがとうございます!)丁度酒屋さんからも近く、お店は階段を上がった2階にあり、カジュアルとオーセンチックの間くらいの感じでした。でもカウンターの中の方は皆正装で落ち着いた雰囲気、接客も非常に丁寧、お値段もとてもリーズナブルでハーフ(ショット)のオーダーもOKでした。品揃え的には、ウイスキー、バーボン、ラム、ジンなどオールラウンドに揃えていて、お目当てのスコッチウイスキーについては棚に出ていないモノもあるとのこと。とりあえず、キルホーマンのマキヤベイを頼んで、寛ぎます。お伺いした際には、男性二名女性一名で切り盛りされていて、お客さんにマンツーマンで接客するようなスタイルでした。毎回思うのですが、地方のバーテンダーの方は接客に対する流儀がしっかりしているなと感心します。都会は人が多いので色んな客層の人もいて、サービスも各種各様といった感じですが、地方都市のバーは「それなりの人が来る場所」という感じがします。 いつもはスコッチウイスキーを中心に攻めるのですが、今回はカウンターに座った目の前にあったラム酒に興味が惹かれ、また接客して頂いたバーテンダーの方が「ラム酒」押しの方であったので、今宵はスコッチではなくラム酒の飲み比べをしました。という訳でズラッとならんだラム酒(全てハーフ)です。 ラム酒というのは簡単にいうと、サトウキビ(の糖蜜)を原料とした蒸留酒です。簡単に右側から紹介します。まずは「MOUNT GAY」(マウントゲイ)。「1703」は蒸留所の創業年で、カリブ海のバルバドスにあります。バルバドスは「ラム酒発祥の地」とも言われ、マウントゲイ蒸留所は現存する最古の蒸留所とのこと。(たぶん非合法とかいれたら話は違ってくるかとも思いますが、そこは深く立ち入らないことにします。(笑))バルバドスは元々イギリスの植民地であったこともあってか、蒸留はポットスチルで2回蒸留したものも使われているそうです。また、マウントゲイはイギリスのスパイ映画007シリーズでも、主人公のジェームズ・ボンドと共に登場します。(CASION ROYALE)飲んでみての印象ですが、かなりバーボンに近い芳醇な味わいで、ライウイスキーのようなスパイシーさもあり、パッと思ったのは「カナディアンクラブ」に近いかなと感じましたん。それもそのはずで、熟成にはバーボン樽が使われ、フィニッシュには中をじっくり焦がした(いわゆるヘビーチャーの)アメリカンオーク樽が使われおり、BLACK BARRELというのはじっくり樽を焦がした質感のことかと思います。 ベーシックなハバナクラブと比べてみると分かるのですが、バーボン樽熟成による独特なまろやかさがエレガントな質感を醸し出していると思いました。さすがに300年以上の伝統ある蒸留所の味です。 真ん中は「フロール・デ・カーニャ」、ニカラグアの蒸留所になります。このシリーズのラインアップは熟成年別に、12年、18年、25年、更に30年というのもあるようですが、この「25年」はかなり希少なようです。原料は100%オーガニックで、蒸留には再生エネルギーを活用し、サステナブルな生産にこだわりが。こちらも130年以上の歴史を持つ老舗の蒸留所です。その味わいはというと、ものすごく深みと円熟味を感じるユニークなもの。この味はウイスキーの系統ではなく、恐らくラム本来の熟成感というのかなと思わせる一杯でした。さすがに25年モノということで、お値段もそれなりでしたが、ハーフであればなんと千円台。とても印象に残る味でした。 最後に飲んだのが地元香川のテロワールということで、地元産のさとうきびで造ったラム酒。ただし、熟成はほとんどされておらず、ほとんどニューポットに近い状態、色目も見ての通り透明です。香川(と徳島)は地元のお菓子で「和三盆」という伝統和菓子があるのですが、このお菓子のメーカがクラウドファンディングを通じて、原料のサトウキビを活用してラム酒を作れないかという事で、これまた地元の酒造メーカとタイアップして造られたものだとのこと。市販はされておらず、クラウドファンディングに出資した方へのリターンとしてこちらのニューメークスピリットがリリースされたようです。味わいは、やはり甘さがきます。ウイスキーのニューポットは麦感のほのかな甘さを少し感じる程度ですが、こちらはさすがに「糖蜜」から作るだけあって素材そのものの甘さが十分にある感じ。これから熟成ものも出来てくるようなので、引き続き将来も楽しみです。 47都道府県の終着駅は自分にとっては島根県となった。46番目の熊本は昨年、45番目の沖縄はその前の年にクリアした。流石にラスト三つくらいになると、一つ一つの思いも重くなってくるのを感じた。 鉄道旅の好きだった自分にとっては、昔は青春切符で多くの地方を回ったけれど、今は専ら飛行機と車。特に山陰や九州に鉄道だけで行くのは、仮に新幹線を利用したとしてもかなりシンドイ。 その中でも最後まで残った島根は、恐らく多くの人にとって最も遠い県なのでは無いか。空港は出雲にあるが運行は主にJALのみで、新幹線は通っておらず、高速網は幹線と接続しているものの中国道の山の中を寂しく分岐する。 出雲大社の国造りの話でその名をよく知られるが、伊勢や大和(奈良)のような華が無い。「山陰」という名が示す通り、陰に隠れて目だないような存在である。 今回その地に遂に初めて辿り着いて、この目で確認したのは、その「距離感」の上に守られ続けてきた時間の流れであった。忙しくなく変化をし続ける都会の街や、その例に倣って開発が進む多くの地方都市とはやや違い、県都松江にはある種の独特な世界観が保持されていた。

【神奈川】ヴァール・バー(横浜)

新年の初投稿になります。本年も何卒!さて、年初めの参詣というの、いつも並々ならぬ力を入れているフラリーマン。例年は西に出かけるタイミングに合わせたりして、大阪の四天王寺や高野山、京都なら東本願寺など、とにかくご利益に預かろうという下心であちらこちらをフラフラするのが習わし。(やはりお寺は西の方が迫力あって良いですしね。)客先回りも出来ずに行き詰ってきた近頃、ようやくたどり着いた悟りが、とにかく参詣に足を使うという。。(笑) そんな訳で今回も少し足を伸ばしてたどり着いたのが、「弘明寺」。京急線にはたまに乗ることが有るのですが、この「弘明寺」という駅名に前々からすごく惹かれていました。関西だと寺の付く名前の駅名ってそんなに珍しくないと思うのですが、東京だと10数個くらいですかね、数の割に少ない気がします。京急だと「泉岳寺」とか、メトロの「護国寺」とかでしょうか。 さて、この「弘明寺」ですが、少し調べたところでは横浜で最古の由緒あるお寺のようです。また後で知ったところでは高野山真言宗だったのですね。「十一面観音様」がご本尊ということで、どこの宗派なのかな?と思ってはいたのですが、訪ねてみて割合に小ぶりだったのと、横浜というのはどうしても鎌倉仏教的な流れのイメージが強くて「真言宗」というのは意外でした、しかも「高野山派」とは、関東では結構珍しい気がします。 さて、階段を上って(自分には正直物足りないくらいですが)有難く参詣を済ませてから境内を見渡すと、左手に駐車場に下りる道が。短い階段を下って、裏門から出たところ、何やら怪しげな灯り。パッとみるとウイスキーのバーらしき看板が。しかし、まだ夕方というにも早い時間帯、何かの間違いでは無いかと思い中を確認すると(!)なんと本当に営業されていました。こうなっては、そのまま引き返すのは失礼というもの。カウンター席に腰を掛けてマスターに経緯をお伺いしました。これは記者としての当然の宿命でもあるのです。(大汗) 開店はなんと午後3時からとのことでした。しかも、特に昨今の状況を反映したものではなくて、開店した当初(といっても1年前くらいだそうですが)からなのだそうです。最近は特に土日が休みという風潮でも無いらしく、平日の昼間でもお客さんが来られるのだとか。さらにリモートで仕事をするサラリーマンも増えていて、時流にも乗った形。その代わりにお店も深夜まで営業せずに早めに閉めるそうです。とても健康的なお店です。マスターは元々別の場所で雇われ店長をされていたとかで、バーテンダーとしての経歴は20年以上の大ベテラン、といってもまだまだ若くて、動きもキレがあります。やっぱりどんな場所でもこうした仕事に緊張感を以て働かれる方は本当に尊敬します。(己の反省を込めて、再汗) お店の中はとてもシンプルな造り。カウンター席と、二人掛けの小さなテーブル席が二つほど。マスターお一人で立たれているようなので、このぐらいが丁度良いのかもしれません。店内はこじんまりしていますが、窮屈という訳では無く、十分にスペースを感じてくつろげる感じです。お酒は割とベーシックなものが多めですね。ウイスキーはスコッチとバーボン、それからジンやウォッカなど。シンプルながら必要最低限なものはしっかりと押さえているといった感じ、簡単なフードメニューもありました。オールラウンドに対応できるお店だと思います。さて、とりあえずはタリソーで最近の景気の話なんかをしたところで、目の前にあるクリスタルのデカンターボトルが気になりました。 何かと思い尋ねてみると、これは(今は退役した)豪華客船「クイーンエリザベス号」の船内で特別に販売されていたスコッチのシングルモルトだそうです。一応、中身はローランドのオーヘントシャンだそうですが、縁あって譲り受けたものらしく詳細はナゾのようでした。オーヘントシャンは数少ないローランドの蒸留所。スコッチでは珍しく(アイルランド式に)3回蒸留を行うことで有名。1984年~モリソン・ボウモア社傘下になり、その十年後の1994年には日本のサントリー社が買収、現在はビームサントリー傘下の蒸留所となっています。中身の「ヒント」としてなのか、隣にはオーヘントシャンのスタンダードボトル「12年」が置かれていました。興味本位でクイーンエリザベス特別ボトルのワンショット価格を聞いてみましたが、まあまあリーズナブル。ちょっと悩みました(汗)。でも、さすがに時間も早いし、今回は断念しました。ローランド系のお酒は普段あまり飲まないので、特別ボトルを頂くなら12年と合わせたり飲み比べしてみないと、そのありがたみも分からないですしね。今度また機会があれば、ということで、その代わりに同じローランドの「グレンキンチー」を。これも正直初めてとは言わないけど、お久しぶりの銘柄。こちらは2回蒸留ですが、仕込み水は硬水です。ローランドのお酒は、「特徴的でないことが特徴」なのかというのが自分の解釈。ある意味、何とでも合わせられる、万能な味といったところでしょうか。グレンキンチーについては、それに加えモルト本来の甘味を感じます、でも余韻はスパイシーなスッキリ感でアイリッシュとはまたちょっと違う感じ。「食前酒」とも紹介される理由が分かる気がします。 今回こちらでソーダ割とシングルモルトにナッツを注文して、二千五百円くらいでした。お店の雰囲気的なところからいっても結構リーズナブルかと思います。さて、こちらのバーですが、名前をヴァール・バー(Wahl Bar)と言います。お店の名前の由来をお聞きするのを忘れて居ましたが、ヴァールはたぶんドイツ語から取っているのだと思いますが、「選挙」という意味の他に「一級品」という意味もあります。たぶん後者の方だとは思います。因みに、バーを後にして気付いたのですが、ここは現総理のお膝元のようですね。ポスターとかが街頭に貼っているのを目にしました。 今年は、まだ明けたばかりですが、色々なことが不透明です。オリンピックもどうなることやら。そういえば、今回の一連の発端となったのは、クルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス号」でした。当初は世界中からアレコレ言われましたが、結局はあれが既に起こるべきことの「予兆」だったのだとしみじみ思います。あの時は、まさかあの船内で起こったことが、世界中に(特に欧米に)拡散していくとは夢にも思いませんでした。ちょうど今くらいの時期でしたかね、船内で感染者がいると騒ぎだしたのは。。 とにかく健康が何よりも第一であるということを再認識するとともに、やはり規則正しい生活というのが一番だとしみじみ思います。ある意味、夜通し飲むとか、そういうことが武勇伝のように語られること自体が少し何か違うような、そんな当たり前のことが今回の事態になって割と再認識されてきたのではないでしょうか?これからは、やっぱり仕事とかもやるべきことを集中してやって、終わったらなるべく早めに帰るようにして、とにかく生活にリズムをつけてやっていくことが大切なのかと思います。日本ではあまり昼呑みというのは世間的にもまだまだ許容されていませんが、同じ酒を飲むなら、夜遅くに飲んで二日酔いになるより、早めに節度ある量を飲んで(楽しんで)お開きにするのがベターなのかと思ったりします。というわけで、これからも早めにオープンするバーがもっと増えてくれば良いなあ、という願いを込めまして、また皆々様のご健康を祈願申し上げて2021年初投稿といたします。今年も引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします!

たまにはアイリッシュウイスキーでもいかが?

こんにちは、海外特派員のだってらんです。 今回はあえて記事のタイトルを 「 ” た ま に は ” アイリッシュウイスキーでも…」としたが “アイリッシュウイスキー”  と聞いて皆さんは正直、何を思い浮かべるだろうか? 特に日本では、天下のスコッチに埋もれているイメージでアイリッシュウイスキーはその銘柄すらあまり耳にすることが少ない。 正直私も、一昨年初めてアイルランドへ渡航するまでは “アイリッシュって何ぞや?”という状態だった。 しかしこの1年と約半年… 異国で生活を送るのは初めてで、失敗の連続だったけれど ウイスキーと向き合っている間は、 いつだってその瞬間を豊かなものにしてくれたし、 このお酒があったから、いろんな人と繋がることができた。 すっかりアイリッシュウイスキーの虜なのである。 そこで今回は、アイリッシュウイスキーの魅力についてお伝えしようと思う。 衰退の歴史からいざ復活へ。 諸説あるが、ウイスキーの起源はアイルランドだったとされている。 北アイルランドにある”ブッシュミルズ“は世界最古の蒸溜所として有名だ。 アイリッシュウイスキーは19世期頃までウイスキー市場の主流だった。 その状況が大きく一変したのが1919年。 主要な輸出先であったアメリカで禁酒法が施行され、 程なくしてアイルランド国内ではイギリスからの独立をめぐる内戦が起こる。 結果、その報復でイギリスの市場からアイリッシュウイスキーは締め出され、衰退の一途を辿ることとなる。 国内に2000ヶ所程あった蒸溜所の殆どが閉鎖に追い込まれていく一方で、 「マッサン」の名で知られる竹鶴政孝氏がウイスキーの製造を学びに日本からスコットランドを訪れたのが1918年だった。 これは、タラレバの話だが もしアイルランドにこんな不運がなければ今ごろ アイルランドは、歴史ある蒸溜所で犇き合っていたかもしれない。 そして竹鶴さんの訪問先は もしかするとスコットランドではなくアイルランドで そしたらジャパニーズウイスキーは、今とは違うものになっていたかもしれない。 歴史に翻弄され、多くを失ったアイリッシュウイスキーだったが、 現在は世界に引けをとらないくらいの急成長を見せている。 こちらは、首都ダブリンに蒸溜所を持つティーリングの写真。 ボトルには、シンボルとして、不死鳥が描かれている。 “先祖のウイスキーを再び同じ場所で復活させる“ ティーリング蒸溜所は、その一心で125年ぶりにダブリンで誕生した新蒸溜所だ。 昨今、世界中でウイスキーブームが巻き起こり、日本でも多くの新蒸留所が出来ているが、 アイリッシュの場合は、単なる新規のビジネスチャンスとはまた違う、 プライドを懸けたものであることが伺える。 アイリッシュってどんなウイスキー? ではそのアイリッシュウイスキーは実際、どんな特徴があるのか。 はっきりどんな味なのかを説明するのだとしたら、これはかなり難しい。 仮に同じブランドでも、蒸溜時期や大麦品種、熟成期間、熟成樽の種類など ウイスキーはありとあらゆる条件によって味が全く異なってくる。 簡単に説明するならば 大麦から作られるモルトウイスキーは、下の写真のような蒸溜器を使って蒸溜されるわけだが スコッチやジャパニーズウイスキーは通常、蒸溜回数が2回。 […]

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