本日は久々に東京の北の玄関口とも言われる上野に来ました。

ところで、「上野」というのは、皆さんはどういう印象を持たれているでしょうか?

浅草の玄関口であったり、動物園であったり、アメ横であったりと色々な顔のある町かなと思います。自分にとっての上野というのは鉄道(JR)の「ターミナル駅」(終着駅)という印象が未だに強いです。

とは言っても鉄道好きか、ある年齢層より上の方でないと、もうピンと来ないかもしれませんので簡単に説明します。

昔、(こんな表現をすること自体、時の流れを感じてしまいますが)、上野駅というのは東北方面に発着する、恐らくすべての列車の起点(=終点)となる駅でした。

現在はといと、新幹線は東京が始発になり上野は途中駅、在来線も東海道線との直通運転。このため、「上野行き」という列車は非常に稀になりました。

でも一昔前は、東北・上越の新幹線は上野が始発駅でしたし、在来線の普通電車も上野が始発でした。

また、今はもう無くなってしまいしてしまいましたが、昭和の時代は、上野発の夜行寝台列車「ブルートレイン」が全盛期で。夜になると多い時には数分置きに東北方面へ長距離列車が旅立っていきました。

なので、今でいうところの「飛行場」のような感じで、上野駅というのは大きな荷物を抱えた人たちが集まる、旅情感満載の「駅」というイメージが自分の中にはまだあります。

もちろん、今でも時々地下ホームに降り立つと、往時の雰囲気を感じることがありますが、在来線が直通運転になり、ブルートレインも廃止されてからは、「旅情」を感じることは少なくなってしまいました。

でも上野の街から活気が失われた訳ではありません。駅の周辺の名所は、今まで通り活況があります。特に駅の西側にある上野公園は博物館や美術館がたくさんあり、緑も多く、駅前の雑踏から解放されます。

近くを散策してみましたが、古い様式の独特な建物が多いことに改めて気づかされました。さながら、建築博物館のようでもあります。近くには東京学芸大学や、東大もあります。国立の大学は敷地が大きくキャンパスの中を散策するのも楽しいのですが、残念ながら今は「関係者以外入門禁止」の貼り紙が。

さて用事を済ませたところで、帰り際にどうしても一杯飲みたいものがありました。上野・湯島にあるオーセンチック・バーTRADさんのアイリッシュ・コーヒーです。

先日読んだ村上春樹の『もしも僕らのことばがウイスキーで会ったなら』という本。

スコットランド・アイラモルトのことについては前回述べましたが、隣のアイルランドにも訪問されています。アイルランドといえば、アイリッシュ・ウイスキー。

これは世界5大ウイスキーのひとつに数えられるばかりではなく、ウイスキー発祥の地としても知られています。かつては世界最大のウイスキー生産国でもありました。

それではアイリッシュ・ウイスキーとは何か?

スコッチと何が違うのか?

原料が大麦であったり、単式蒸留器を使ったりと、基本はスコットランドのシングルモルト・ウイスキーとほぼ同じですが、一部の工程が違います。

簡単に言うと、スコッチは蒸留工程、つまり発酵してできたお酒(醪)を加熱してスピリッツにする作業、が2回ですが、アイリッシュは3回行います。(細かく言うとスコッチでも3回行っているところもあります。)

また、通常のモルトウイスキーとは別に、「シングルポットスチル」という未発芽の麦芽を使ったアイルランド独自のウイスキーもあります。

このような違いによって生み出されるウイスキーの特徴は、どんなものか?ということですが、自分は当初は少し飲みにくいウイスキーなのかなという感じがありました。昔からの伝統にこだわる少し古臭いイメージしかなかったのです。

今回こちらのバーでそのアイリッシュ・ウイスキーの銘柄をいくつか飲ませて頂きました。飲んで驚いたことですが、「まろやか」であるということです。正直びっくりしました。

この驚きを例えて言うなら、お昼のランチにお店を探していて、なんとなく外見から頑固おやじが切り盛りをしている定食屋に仕方なく入ってみたら、意外にフレンドリーな対応に好感を持ってしまったときの感じ、とでも申しましょうか。(笑)

隣で同じようにアイリッシュを飲まれていた方がうまいことをおっしゃいました。

「日本酒みたい」。

いや、全くその通りだ!と思いました。これは日本酒です!

(でも日本酒は有りません、アイリッシュ・ウイスキーです。度数も40度超えています。)

でも日本酒のようなまろやかさが確かにあります。それはあの「獺祭」の様な、透き通る感じではなく、「灘の酒」のような辛口というものでもなく、例えるなら、地方の田舎の町を訪問したときに偶然出会うようなまったりとした「地酒」のような感じです。

香りの芳醇さ、フルーティさでいえば、スコッチのスペイサイド系の感じも確かにあります。

それこそグレンフィディックやマッカランの12年くらいのと似たような感じです。

ただし、スペイサイドはテイストに少しパンチがあり、キリっとした感じが有るのですが、

このアイリッシュはテイストしても、舌にまろやかさを残したまま、スーッと終わります。

これは旨い!ということで、いくつか言われるままに、頼んでしまいました。

どれも味の系統はよく似ています。何かスコッチのシングルモルトのように、あるものは塩辛く、また別のものはピートでというような主張するよう個性がある味というわけでもありません。

角が取れて丸い感じです。(後で知りましたが、基本的にはアイリッシュはピートを使わないようです。このことも、アイリッシュのまろやかさの特徴を裏付けていると思います)

手にしていた村上春樹の本を少しパラパラとめくりながら、アイリッシュの特徴とは何か、を考えていた時に、面白い表現を見つけました。

アイルランドの「風土」ついて書かれた部分ですが、そっくりそのままアイリッシュ・ウイスキーの特徴とも重なると思いました。

アイルランドの美しさが僕らに差し出すのは、感動や感嘆よりは、むしろ癒しとか鎮静に近いものである。口を開くまでに少し時間がかかるけれど、いったん話し出すと、穏やかな口ぶりでとても面白い話をしてくれる人が世間にはいるが、アイルランドはちょっとそれに似ている。(p76)

アイリッシュの味というのは、この描写がピッタリと合う気がしました。自らガンガンと個性を主張してくるようなタイプでは無いけれど、ひとたび口に含めば、何かものすごい安心感に包まれるような感じがする。そのようなウイスキーです。

スコッチだと、いつもボトル毎の解説をしていますが、今回は少し悩んで止めました。あまりあれこれ説明するよりも、これはただじっくり飲むに適していると思ったからです。

スコッチは個性豊かな銘柄が群雄割拠しますが、このアイルランドはそういった喧噪から離れて予定調和的に、うまくやっている、そんな感じさえしました。どこか余裕がある。そして、その「余裕」がアイリッシュの魅力なのかもしれません。

そんなことを考えながら、最後に締めのアイリッシュ・コーヒーをオーダーしました。

これはアイリッシュ・ウイスキーをベースにしてホットコーヒーと砂糖、クリームを混ぜ合わせたカクテルです。マスターによると、こちらのベースは北アイルランドの「ブッシュミルズ」を使っているとのことでした。

(因みに、このブッシュミルズ蒸留所と、「ジェイムソン」の銘柄でも知られる南部の「ミドルトン蒸留所の二つがアイルランドの蒸留所の中でも長く安定的に操業を続けている蒸留所になります。)

あまりの飲み口の良さについつい杯を重ねて、少しほろ酔い気分になったところで出てきたアイリッシュ・コーヒー。クリーミーな甘さとコーヒーの苦みが絶妙なバランスで、少しウトウトしかけていたところに、ほんわかと目が覚めました。とにかく、アイリッシュは刺激とは無縁で、心地が良いです。

このブログでも、常に何か面白い味わいを求めるために、色々なスコッチを飲んできました、いうなれば「探求心」。ですが、このアイリッシュを飲んで感じたのは「癒し」。冒険につかれた旅人を癒すかのようなアイリッシュの「まろやかさ」に、ホンワカした気持ちになったところで帰路につきました。

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