ウォールストリートから、大麦畑へ。元金融マンがイングランドの桃源郷で始めた、スコッチウイスキー造り。
スコッチ造りに挑戦するのは生粋のアメリカ人、ダニエル・ショー氏
創業者のダニエル・ショーは何と元ウォール街の金融マンで、金融派生商品などを取り扱うスペシャリストであったそうだ。仕事の関係で長くヨーロッパに滞在していた彼が、初めてウイスキーとであったのが2000年のパリ。赴任当時は、多くのアメリカ人がそうするように地元フランスのワイナリー巡りを楽しんでいた。そんなある日、スコッチソサエティ(SMWS)のイベントに招待されたことがきっかけでシングルモルトのファンになったという。その後、パリで有名な高級ウイスキークラブ「メゾン・ドゥ・ウイスキー」の会員となり、また友人などと共に毎年のようにスコットランドの蒸留所巡りをするなど、自身のビジネスの傍らでウイスキーへの情熱を深めていった。
2006年にフランスからイギリスに赴任。ロンドンで勤務するようになったショー。家族のために週末をのんびり過ごせるようにと風光明媚な田園風景で知られるコッツウォルズにセカンドハウスを購入(2011年)。「イングランドで最も美しい村」とも称されるその地を大変に気に入った彼は、ついに完全なる引っ越しを決意。それと同時に、リーマンショック後に停滞していた金融ビジネスにも別れを告げ、第二の人生を模索し始めた。
翌年のある日、家の窓から近所の畑を眺めていると、春に撒いた大麦が一面に立派に育っていた。その時に彼の脳裏にある疑問が湧いた。なぜ大麦があるのにイングランドではウイスキーを作らないのか?コッツウォルズは豊かな自然と古い歴史に恵まれている、そう、スコットランドの様に。確かに、波打つ丘や断崖は無いけれども、(絵画の)印象派に出てくるような美しい景色が広がっているのだ。だから、絶対にこの地でも良いウイスキーが造れるはずだと思い至った。彼のウイスキーへのパッションと、何か新しいビジネスを始めたいという想いが重なり、蒸留所の建設を決める。家の近所に手ごろな空き地を見つけると早速建設を開始、2014年7月に蒸留所は完成した。ウイスキーと共に、ジンも製造、2016年からはクラウド・ファンディングを通して資金集めを行い、施設を拡張、ビジターセンターなども整備。更なる成長が期待されるイングリッシュ・ディスティラリー。
テロワールへのこだわりから、大麦は全て近隣の畑で生育したオデッセイ種のものを使用。収穫後は、イギリス最古の製麦工場であるウォーミンスター製麦所にて全てをフロアモルト。(現代のスコッチウイスキーでは、大麦は輸入品に頼り、製麦も機械式が主流でフロアモルトをする蒸留所は本場スコットランドでも非常に少ない。)酵母はアンカー社(南ア)とファーメンティス社のものを配合し、一般的な発酵時間の倍(4日間)をかけた長時間発酵を行う。水も「普通の水」をろ過して使っているようで、これについてはショー氏も「水源や樽熟成なども重要ではあるが、他にも様々な要素があるので、必ずしも必要とは考えない」という主旨のことを語っている。要するに、コッツウォルズという素晴らしい土地の資源を有効活用すれば、十分に良いウイスキーができるはずだという自負が感じられる。
ウォーミンスター製麦工場内部のモルトフロア(同社HPより)
蒸留所立ち上げに重要な役割を果たしたのが二人のメンター。ハリー・コックバーン氏は元ボウモアのマスターディスティラーで50年以上ウイスキー業界での経験を持つ。「技術屋」であった彼は、蒸留所の設備関係にも精通。ウイスキー造りのエキスパートは「化学屋」のジム・スワン博士。カヴァランやアナンデールなど数々の新興蒸留所にも深く関与したスコッチウイスキーのコンサルタント。博士の功績の一つであるSTR樽による熟成は、今やコッツウォルズのコアエクスプレッションの根幹を成している。
ハリー・コックバーン氏
ジム・スワン博士
https://thewhiskeywash.com/
「ロカヴォール」(LOCAVOLE)という言葉をご存じでしょうか?これはLOCAL(地元の)と-VOREという接尾語を綱が得た造語です。-VOREはラテン語のVORARE(食べる)に由来します。要するに、日本語でいうところの「地産地消」の意です。現在、とくに若い世代の人は、自分が食べる物や飲む物により大きな関心を示しています。すなわち、それらはどこで、どのようにして、どのようなプロセスで造られたのかということです。また、特にいわゆるミレニアム世代(2000年以降に成人になった世代)は、そのものの品質もさることながら、背後にある「ストーリー」や「経験」、いわゆる「コト消費」も大切にします。これらは我々のような小規模の蒸留所では非常に重要な観点であり、共有できる価値観なのです。イングランドでは今、計画を含めて20以上の蒸留所が建造されようとしています。近いうちに「イングリッシュ・ウイスキー」という新たなカテゴリーができる日も近いでしょう。

コッツウォルズのウイスキーについての詳細は同社日本語のホームページもあるので、細かな商品説明はそちらに譲るとして、二つ紹介をしておきたい。まずはフラッグシップとなる「シングルモルト」(ABV46%)。ショー氏の語るところでは、このウイスキーはコッツウォルズの自然と風土を表現したものだという。「穀物」と「果物」の生産が広く行われている土地の特徴を、STR樽70%とバーボン樽30%のヴァッティングにより、シリアル感とフルーティなフレーバで表現した。アルコール分も46%に調整した味わいは穏やかでマイルド。寝る前にベッドの上でその日の疲れを癒すという意味では、「最高のくつろぎ」を与えてくれるものだと言う、ショー氏のお気に入り。

フラッグシップの「シングルモルト」
STR熟成の「ファウンダーズ・チョイス」

さて、ウイスキーの味わいにこだわったという意味でお勧めしたいのが「ファウンダーズ・チョイス」だ。これは100%STR樽で熟成されたものだが、この商品のアイデアとなったのが2013年のパリ旅行でのこと。かつて通っていたメゾン・ドゥ・ウイスキーの店に立ち寄った際に、支配人のジャン=マルク・ベリエ氏と十数年ぶりの再会を果たす。彼はショー氏がパリ滞在時に通っていた時にウイスキーのイロハを教えてくれた「ミスター・ミヤギ」(=恩師)だったという。その彼が感銘を受けたウイスキーとして3本のボトルを紹介。そのうちの1本がカヴァラン(ヴィーニョバリック)だった。(因みに残り2本は秩父だったそう)シングルモルトにアルマニャックとバーボンを足し合わせたような素晴らしい味に感動したショー氏はそれが台湾製でしかも「4年熟成」であることに更に驚いた。その後、カヴァランのボトルを持ち歩き、友人たちにブラインドティスティングをして自身が体験したのと同じような驚きを伝えているうちに、あるティスティング・イベントでコッツウォルズでもこのSTR樽熟成をするべきだと仲間から逆に提案されて始めたのがきっかけだという。そのイベントがあった2018年の9月に100%STR熟成のリリースを決め、わずか3か月後の12月に「ファウンダーズ・チョイス」としてリリースに至った。フレーバーは多層で特徴的。まずダーク・チョコレートとドライ・イチジクの香りに始まり、イチゴやサクランボ、バタースコッチの味わい、更にフィニッシュはオーク感とナッティーな余韻に至るという。カヴァランのヴィーニョバリックと飲み比べでSTR熟成の神髄を堪能するのも贅沢だ。

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