人口170人の島で、25人が働く。

RAASAY DISTILLERY(ラッセイ蒸留所)は、アラスデア・デイ(Alasdair Day)氏とビル・ドビー(Bill Dobbie)氏が2017年に創業した、ラッセイ島で初めての合法蒸留所。ラッセイ島はスコットランド西部にある離れ小島で、タリスカー蒸留所で知られるスカイ島と本島の間に位置。人口はわずかに200人弱の島。風光明媚なことでも知られる島に新しく出来た蒸留所は、スコットランドに数ある蒸留所の中でも随一の景観美を誇る。

"A MAN OF THE HEBRIDES ... AS SOON AS HE APPEARS IN THE MORNING, SWALLOWS A GLASS OF WHISKY." (Samuel Johnson, 1773)

デイ氏はグラスゴー大学で植物学を専攻した後に、食品業界で25年にわたって勤務。キノコの栽培やチーズ加工などに携わった経験もあるそうだ。しかし、安定した自身の職を辞し、新たにウイスキー業界でボトラーとしてビジネスを始めるに至ったきっかけは「家系」。曾祖父のリチャード・デイ氏が戦前にスコティッシュボーダーズ州のコールドストリームという町で営んでいた店で、ウイスキーのブレンディングに携わっていたのだ。その店は第二次世界大戦後まもなくして閉店し、デイ氏の祖父も父親もウイスキービジネスとは距離を置いたが、代々と受け継がれたものがあった。それは当時、リチャード・デイ氏が自身のブレンドしたウイスキーのレシピを記録した「帳簿」(Cellar Book)。この「帳簿」をインスピレーションとしてボトラーとしての商売を始めたデイ氏が初めて立ち上げたブランドが「TWEEDDALE 」(トィーデイル)。帳簿の中のレシピを参考にして忠実に再現した、いわば「家伝の味」だ。

CellarBookレシピから再現したブレンド。1つのグレーンと8つのモルトを使用。

ウイスキー業界に身を投じたデイ氏であったが、当初は蒸留所の立ち上げなどということは考えてみもいなかった。そのきっかけとなったと思い起こすのが、あるウイスキーフェスでのこと。ある男性がデイ氏に近寄り、こう尋ねた。「君は蒸留所を建てたいと思ったことは無いのかね?」。もちろん突拍子も無い質問に「とんでもない!」とその時は答えた。後に知ったことだが、この人物はDCL社(現DIAGEO社)の研究所長を務めたラザフォード博士であった。当時、博士はボーダーズ地方での蒸留所建設の可能性を探っていたそうだ。その後、何度か接触することになるが、ボーダーズでの蒸留所建設は結局は成果を得られなかった。この時、(ラッセイ蒸留所のもう一人の創業者で)起業家のビル・ドビー氏は友人とスキー旅行を楽しんでいた。その友人は作家のイアイン・ヘクター・ロス氏。彼とウイスキーを飲みかわしながらドビー氏は「スコットランドで何か形のあるレガシーを残したい」と自身の思いを語っていた。その次の日、ロス氏は自身の妻の故郷でもあるラッセイ島にドビー氏を案内した。しかし、まだその時は、彼らはウイスキーのことについて十分の知識を持っていなかった。その後、ロス氏はウイスキーについての本(”The Whisky Dictionary”)を執筆。ドビー氏は、ウイスキーを実際に作ることのできる人を探した。その時に出会ったのがデイ氏だった。二人はR&B(Raasay &Border) Distillers社を2014年に設立した。

家宝とも言えるCellarBookの書き込み。1899年~1916年までのブレンドのレシピなど。

当初彼らはデイ氏の拠点であるボーダーズ(スコティッシュボーダーズ)で蒸留所の立ち上げを模索していたが、ロス氏がラッセイ島で古いホテルが売りに出ている情報を得る。デイ氏の家系にはラッセイ島などを含むスコットランド西部のヘブリディーズ諸島出身(ルイス島)の曾祖父がいて、その地の豊かな自然のことは常々耳にしていた。2014年5月にドビー氏と初めてラッセイ島を訪れたデイ氏は風光明媚なその島の美しさに心を打たれた。島にかつて存在した非合法の蒸留所や、地政学的に特異な島のミネラル分が豊富な水の存在にも縁を感じずにはいられなかった。エンジニアと蒸留所建設の計画を具体化し、地元の建築家オリ・ブレア(Olli Blair)氏の協力の元、当ホテルを改装して宿泊施設も兼ね備えたスーパーモダンな蒸留所はこのようにして完成。そして2017年9月に蒸留所は操業を開始する。

https://raasaydistillery.com/

ラッセイ蒸留所は島の地下水を使用しているが、この水源はミネラル分がとても豊富な硬水。(通常、島の水は軟水であることが多い)大麦も自家栽培を目指しており、北欧由来の大麦の生育にも取り組んでいる。発酵は5日間と長い時間をかけ、とてもフルーティな味質の醪(もろみ)に。イタリアのフリーリ社の蒸留器を使用してできたニューポットは熟成する前にすでに味の根幹が出来ているという。熟成に使用する樽も様々で、ライウイスキーの空き樽や、チンカピングリの内側をチャー(焦がした)新樽、更にはフランスボルドーの赤ワイン樽など。多彩なオーク樽を使うことで、早熟でも年代物のウイスキーのような深みのある味わいを出そうとしているようだ。

製造責任者のノーマン・ギリース氏はラッセイ島で生まれ育った。(BBC/youtube)

スコッチウイスキーが「ウイスキー」を名乗るには3年の熟成期間が必要。ファーストリリースが出る迄の「待ち時間」に、どのようなウイスキーが誕生するか待てないウイスキーファンのためにリリースされたのがずばり「お待ちの間に”While We Wait”」。もちろん中身はラッセイ蒸留所の原酒ではないが、ハイランドの某蒸留所から調達したノンピートとピートの原酒をほんのにピート仕立てにブレンド、トスカーナ産赤ワイン樽にて後熟したシングルモルト。因みに、トスカーナの赤ワイン樽というのは、蒸留所のスチル機を買い付けに行ったフリーリ社がトスカーナ地方にあり、そのついでに立ち寄ったワイン農園から熟成に使われていたワイン樽を引っ張ってきたのだそう。そして、2020年の暮れにいよいよ登場したのが、ラッセイのファーストリリース。

特徴的なボトルはゴツゴツした島の地質を表現したもの。(https://raasaydistillery.com/)

ファースト・リリース(イノーギュラル・リリース)は厳選されたナローカットのエレガントなウイスキーで、ほんのりとしたハイランド系のピート感が特徴。テネシーバーボン樽で熟成を行い、ボルドー赤ワイン樽でフィニッシュ。両方ともファーストフィルなので、たっぷりと樽感を感じられるのか。ベリーのように甘いニューポットと、それぞれの樽感がしっかりと混ざり割った複雑で上品な深みが早熟らしからぬ味わいを生み出すようだ。さて、こんな素晴らしいウイスキーが遠く離れたラッセイ島で封切されて、日本にいつ届くやらと心配された方には朗報が!東京目黒の目黒新橋にある「てんてこまい」さんで入荷が確認されました。(2021年2月)

目黒駅西口を降りて(権之助)坂を下り、目黒川手前の右手にある目黒新橋商店街の一番手前側にお店が有ります。

ようやく初のご対面。色々調べてたのに、すっかり書いたことを忘れたので、ボトルの裏側見ながら復習しました。(汗)まずはアロマですが、かなりラフロイグ的な磯の香りを感じました。スプリングバンクの塩っけとはまた違うんですが、アイラ好きの自分にはたまらない香りです。テイスティングしてみると、このキャラがガラッと変わります。磯感は飛んで、濃厚なカラメル感とでもいうんでしょうか。テネシーバーボンと赤ワインの熟成だから、すごい個性が中でぶつかってる感じ。ほんわかピートあるんですけど、結構まったりした味わい。とても3年モノとは思えないですね。